まやかし

 諍いがあった。

 折角休みを貰い、朝から晩まで画業に専念できるというのににこれである。つくづく業の深いことだ。以前だったら、それでもがつがつと制作をするところだろうが、さすがに15年近く絵描きの自分とつきあってくると、そのへん諦めがきくらしい。動揺、悲嘆、怒りというものはもっとも画面に反映されやすい類いの感情なのである。心の揺れは全体を損なうことになりかねない。現在、22枚の連作やいくつかの新作に取り組んでいるが、あいにく、今展開している分は、このような感情と無縁のどちらかといえば「希望」とか「愛情」とかそういうポジティブなパートである。そういうわけで、落ち着くまで手をつけないことにした。
 こういう感情の揺れというのは、新たな作品の発想のきっかけとなることは間違いない。芸術家としては歓迎してよいことなのかもしれないが、そう楽しいことではない。
 「芸術は爆発だ」という画家がいたが、そういう類いの作家とそうでない作家がいる。わたしの場合は後者のほうで、発想のきっかけこそ感情の発露に関係があるから「爆発だ」という感じであるが、それを作品化する場合、その「爆発」現象を理詰めに検証していくので、その事件をめぐって自分とある一定期間の間冷静に向き合うはめになる。自分と向き合うというのは、だいたい面白くないことが多いから、少々きつい体験となる。他人にいわせると、芸事をやっている者というのは、教育の過程で作品を客観視したり、人前に自分をさらすことに馴らされているから、一般の人にいわせると図太いということになるらしい。

◆◆事件と作品◆

 ある「事件」がおこると、それはなぜ、どこからきて、どういう原因で、それによって何がわかり、それは何に影響し、結局それを自分はどうとらえたかという具合に解体していく。これは長くかかる場合もあるし、瞬時に全てが把握できるときもある。また、「事件」を通じて直感的にあるイメージが降りてきて、それをさらに検証しなおし、細部を詰めていくこともある。
 わたしは、和紙、岩絵の具、胡粉、墨などといった、日本の伝統的な画材を使用しているが、この画材は、たとえば「朱」を「青」に変えるというようなドラマチックな塗り直しはできない。だから、制作の設計図をかなり綿密にたてていく必要があるのででき上がった設計図を大きく修正する、ということは無理なのだ。
 制作の設計図というのはどうやってつくるかというと、
  発想をもとに、→小下図(エスキース)をつくりおまかな構図と色の計画をする
         →それに従い制作に必要なもののデッサンの補充(取材)
         →大下図(原寸大のモノクロの下図)を細部まで緻密に描き
         →本画にとりかかるのである。
 できあがりのイメージが細部にわたるまで確定して思い浮かぶときははこの「小下図」「大下図」「本画」という最低ラインの3枚ですむが、大体はそう簡単にはいかない。また、取材スケッチというのは具象画の場合欠かせないから、エスキースが決まるまでのアイデアスケッチや、取材のための写生を含めるとかなり膨大になる。早く、効率良く進めるためには水準の高いデッサン力は常に磨いておく必要がある。

◆◆頭の引出し◆

 この課程のなかで、何が一番大事かと聞かれれば、小下図だろう。
 小下図で綿密に構図と色と形をツメることで、60パーセント、作品の優劣が決まると考えている。したがって、妥協せずに何度でもつくり変える。
 次に大事なのは大下図である。最近は省略する人もでてきたようだが、わたしのように人物を主体に作品を構成している場合、必要不可欠である。人体というのは、とにかく修正が許されないので、大下図で納得のいくまで練り上げる。特に、顔は一ミリの誤差も許されない微妙な部位である。まゆ毛一ミリ違っただけで人相がまるで違ってしまうのだ。大下図の出来で本画の出来はだいたい80パーセントは決まる。ここで決まった構図は、本画にはいったら、とにかく最後まで変えてはいけないからである。変えるくらいだったら、小下図からやり直す。
 このような手順をふんでいると、本画制作に至るまで、ある程度の時間がかかるので、実際に本画の制作に入ったり、本画制作の過程が長期におよんだりした場合、描いているうちに、その「事件」に対する見解が変わる、ということがある。そういう修正見解は、頭の別な引きだしにいれておくことにして、今後の制作の時に取りだすことにする。とにかく過去に得られた結論の上で制作をすすめるのである。わたしの頭の中にはたくさんの引出しがあって、その時々の修正見解やら、あのときこれをみたときにどういう感情であったかとか、人物や風景のあれこれがはいっている。制作時は、あるテーマにしたがって画面に整合性を持たせていく。その絵を制作しているときは、その絵のもとになった時期の感情に戻る、というか、そういうことを繰り返している。「記憶の再現」とでもいうのだろうか。

◆◆まやかしの味◆

 とにかく、諍いがなんであろうと、今は作品の制作中で、とりあえずプロのなのであるから、頭のなかの虫を早々にしずめなくちゃと、思ったところでうまくいくほど修業は足りていない。だいたい、こうして制作をしていく意義ってなんなのだろうか。絵を描く必然性なんてあるんだろうか、だいたい、世の中に絵なんて必要なんだろうか、と自己存在を覆すような疑問があれこれかすめていく。
 こういうときは眠るのが一番、といって布団をかぶると、驚くなかれ、15時間も寝てしまった。わたしは、ひょっとしてかなりおめでたいのか、はたまた神経が衰弱しているのからなのか……。
 起きると、夏の高校野球をやっている。高校球児はいつも一生懸命だ。この子たちの親と同世代ということも、もう現実的な年齢になってしまった。この子らの親がこの子らを育てている間、わたしは何をしていたかといえば、普段の日は仕事、仕事で身銭を稼ぎ、休みの日はアトリエ通い、伴りょはおろか恋愛ひとつまともにできないわたしは、子育てなどは別次元の宇宙に存在している出来事のようだ。絵を描くなんて、そうした現実に参加できない自分が、かりそめに産みだしているまやかしのようなものではないのか。

 くさくさするので散髪に行く。まるで、諍いがあるのをわかっていたかのように、美容院を予約していたのだ。こういうところの勘が鋭くても悲しいばかり。とにかく短くして下さい、そう頼むとあっという間に高校球児のようにさっぱりとでき上がった。
 髪はさっぱりしたが、諍いの余波はまださざ波の様に胸の中でざわついている。炎天下の陽射しはイライラをつのらせる。真っ青な空をみて、ああ、このまま飛行機に乗ってフランスに行きたいなあと漠然と思う。
 そうはいっても、突然フランスに行くのは無理だから、行きつけの庶民的なフランス料理屋に寄ることにした。
 冷たいポタージュをすすると、フランスの味がした。もしかしたら、フランスにいけるかもしれない、としばらく眼をつぶっていたら、顔なじみのフランス人の給仕がそばに来て「どうしたの? 恋人とうまくいかないの?」と言って微笑んだ。

(2000/08/23)