牛込間借日記


11月1日
 最初にひとつ訂正を。10月26日の項で触れた『本棚探偵の冒険』ですが、検印を捺したのは著者の喜国雅彦さん御本人だそうです。でも、あまりにも丁寧に、心を込めて一個一個捺していたら、製本に間に合わなくなってしまったので(おいおい……)、慌てた担当編集者が必死の形相で残りを捺してる現場を、小生がたまたま目撃したという次第。事実関係の誤認がありましたので、訂正しときます。

 さて、角川ホラー大賞の一次選考分をせっせと読み進めるかたわら、「ミステリーファンのための〈幻想と怪奇〉への誘い」@小説推理の寄稿依頼そのほかで終日バタバタ。しかし、皆さんお忙しいなか執筆を御快諾いただき、感謝感謝。
 特に新作『少年トレチア』刊行を間近にひかえて意気上がる津原泰水氏からは、打てば響くように、執筆承諾の返信に原稿自体が(!)添付されており、驚嘆する。


11月2日
 ほとんど一睡もするヒマがないまま、今日から伝説紀行@ムーの信州取材である。朝7時過ぎの長野新幹線で、上田へ。別所温泉の北向観音と常楽寺で「鬼女紅葉」伝説関連の取材。特段の御配慮をいただいた常楽寺の半田孝淳師の名刺に、「叡岳探題」という見馴れぬ肩書きが。聞けば、比叡山延暦寺のナンバー2にあたる位だとか! つーことは、実質的に天台宗の総帥に次ぐお方!? とたんに緊張する取材陣一同であった(笑)。
 信州ならではの清澄な空気に、おりからの紅葉が美しく映えて、思わず「ほう」と嘆息をつくような絶景の連続! しみじみと幸福感にひたる。夜、はるばる岡山から駆けつけた化野燐と合流。


11月3日
 切り立った断崖が人の鼻のように見える奇勝・岩鼻を見物した後、山中に分け入り、アニメでもおなじみ『龍の子太郎』のモデルとなった龍神&龍宮伝説の地「鞍が淵」を探索。分かりにくい地形で難渋したが、なんとか場所を突きとめられたのは、案内役をお願いした地元のH氏の御尽力によるもの。感謝!
 夜、驟雨降りしきるなか、今回の主目的のひとつである生島足島神社の神事「御籠祭」を取材。


11月4日
 昨夜の雨が嘘のように快晴に。上田からクルマで諏訪に移動。峠を越えると、諏訪湖の展望がバーンとひらける瞬間は、感動的だった。諏訪大社下社と上社、守矢史料館などを取材。
 特に、夕刻訪れた前宮一帯の神韻縹渺たるたたずまいは、やはり最高である。社殿の前から遠望した、初冠雪が夕陽に輝く八ヶ岳連峰の神々しかったこと! 夕刻「あずさ」で、新宿を通過して、最寄り駅である錦糸町に帰着。便利だ。
 今回の取材の成果は、『ムー』誌上で追い追い発表していきますので、乞う御期待。


11月5日
 ぐったりしながら、ホラー大賞の残りを読む。
 夕方、神保町の喫茶店で、三津田氏@同朋舎およびHさん@小説推理と、宮部みゆきさん&ヒガシによる〈幻想と怪奇〉対談の記事中で使う写真の件で打ち合わせ。
 なんで同朋舎が絡むのかというと、この対談、もともとは同朋舎で来年6月頃に出す座談集『ホラー・ジャパネスクを語る』用に収録したものだからだ。その内容が、あまりにも今回の特集向きなので、三津田氏(&もちろん大沢オフィスも)に無理を言って、その一部を先行掲載させてもらうことにしたのである。とはいえ今回掲載する部分以外にも、オイシイ話題はまだまだてんこ盛りなので(笑)、単行本刊行の暁にも、是非ご覧ください!


11月6日
 白泉社の『皆川博子作品精華 幻妖編』に追加収録する作品を最終決定して、担当のH氏に連絡。結果的に、代表作から単行本未収録のレア作品まで、なんと全30編を収める、ウルトラ充実した内容の一巻となった。大仰でなく、現代日本幻想文学の到達点を知るために最高最良の一巻となったのではないかと心ひそかに自負している次第。
 さっ、あとは解説を書くだけ……いよいよ待ったナシじゃん。


11月7日
 学研M文庫『伝奇ノ匣1 国枝史郎ベスト・セレクション』の著者献本分が、ドサッと到着。や、やはりこうして改めて現物を見ると、分厚いぞ、これは(笑)。装幀装画は、本になってみても、非常に良い感じ。これだけ詰め込んで、この体裁で、このお値段(本体1300円)は、お値打ちだと思うんだがな〜。
 小生の解説では、国枝作品と、生地である茅野、そして諏訪一帯の風土や民俗との関連に主眼を置いて論じてみた。御高覧いただければ幸いなり。
 あ、それから今回100年ぶりに初復刻された国枝の処女作『レモンの花の咲く丘へ』は、伝奇やホラーの人以上に、耽美やファンタジーの人に読んでいただきたい幻想戯曲集。それこそ上記の皆川博子作品の読者にこそ、オススメなのだ。ともかく騙されたと思って、書店でチェックしてみてください!


11月8日
 徳島県山城町の「藤川谷の会」から、いま妖怪研究&愛好サイトで話題沸騰の「児啼爺像」除幕式への出席依頼が来る。会場で、多田克己&村上建司の人気絶頂「妖怪馬鹿」コンビと座談会を、とのこと。同地にコナキ像が建立されるにあたっては、小生も『ムー』取材を通じて因縁めいたものを感じるし、企画自体は望むところなのだが、今月後半はシャレにならないハード・スケジュールゆえ、果たして間隙を突けるか否か……ううーむ、困った。


11月12日
『小説推理』の「幻想と怪奇」特集に載せる「宮部みゆき&東雅夫対談」の原稿をまとめて、編集部と三津田氏に送付。三津田くんからは「すごく面白いです。ウチの原稿も、この調子でお早めにヨロシク〜」と返信が。ハイ、善処します。


11月13日
 夜、『小説推理』の特集用作品ガイド「〈幻想と怪奇〉の名作50選」(嗚呼、往年の『幻想文学』を彷彿させる、このタイトル!/笑)を書き上げて送信。当初、5ページ分とのことで、「あ〜またしてもギッチギチに書いちゃったよ、これじゃホントに幻想文学の誌面みたいだ、とほほ……」と内心思いつつ送信したのだが、後刻、担当編集のHさんから連絡があり、内容を見て、急遽7ページに増やすことに決定したとのこと。なんとフレキシブルな対応であることか。やるじゃん、小説推理!


11月14日〜17日
 年に何度もないだろう(あったら死ぬ……)、締切無間地獄の日々。この間に――
『皆川博子作品精華 幻妖編』の作品解説。
『SFマガジン』のレビュー(ラストなので、いつもの倍の枚数)。
『ムー』の「稲生祭」紀行。
『小説推理』の〈幻想と怪奇〉時評。
 を執筆。どういう順番で書き上げたかは、さすがにシャレにならないので秘密だ(笑)。各社の担当者の皆様には、本当に御迷惑をおかけしました(平身低頭)。
 特に『皆川博子作品精華』の解説は、60枚を超える大長篇に! とはいえ、これにはカラクリがあって、古今東西の幻想文学から選りすぐられた詞藻が眩惑的に交錯する皆川魔界の構造をリアルに体感していただくべく、解説自体をひとつのアンソロジーと化そうという前代未聞のプランを実行したためなのだ。小生自身のオリジナルな文章は、一巻目の千街解説と同じくらいなので、日下三蔵(第3巻担当)は安心するよーに(笑)。


11月18日
 疾風怒濤の一週間を、なんとかこーとか乗り越えて、ボー然と過ごす。……と言いつつも、ネット検索で「伝奇入門」のネタ調べをしていたら、『国枝史郎ベスト・セレクション』およびその「続刊予定」が(笑)、あちこちのサイトで話題になっているようで、我が意を得た思い。
 そこへ某先生より、たいそうワクワクもののプランが記された極秘メールが到着! うーーーん、これは是非とも実現させたい企画だぞ、愉しみ愉しみ。


11月19日
 皆川博子さんが、『作品精華』の編者3名(千街晶之・日下三蔵両氏と小生)&担当編集者の慰労会を開いてくださった。ありがたいことである。会場は、落ち着いた雰囲気の中華料理店。こんなにゆっくりお話をうかがうのは、『ホラーを書く!』のインタビュー以来かも。
 歓談中たまたま、同じ横須賀育ちの日下三蔵が、大船の栄光学園(中高一貫のエリート進学校である)出身と知ってビックリ。
「いや〜ボクなんか落ちこぼれですよ〜、学校の授業より、鎌倉の古本屋に通うのに熱心で(笑)」
「あ〜それならオレだって負けないぞ、なにしろ栄光受験の前日に『10月はたそがれの国』を一気呵成に読んで、やたらと感動してたくらいで。試験? もちろん落ちたさ(笑)」


11月21日
 このところの過密スケジュールの反動が出たのか、昨夜来、さすがにヘバって自主的にオフ。
 明け方に復活。モゾモゾ起き出して、『ダ・ヴィンチ』の年間ベスト3アンケートの回答を執筆、送信。どうせこの日記がアップされている時点では同誌は発売されているわけだから書いておくと、津原泰水『ペニス』、松浦寿輝『巴』、前川道介編訳『独逸怪奇小説集成』というラインナップである。


11月22日
 明日が平日だと勘違いしていたため(……莫迦)、「伝奇入門」の締切がエラいことに(そうじゃなくても、すでに大変なんですけど〜<学研O氏代弁)。
 なんとか夜半、書き上げて送信する。今回は『ムー』ならではというべきか、『上記』『竹内文書』といった「古史古伝」と、70年代における「伝奇ロマン」興隆との関連がメイン。
 白泉社から『皆川博子作品精華 幻妖編』の見本が到着。いつもながら、は、早い!(オレが遅いのか……)
 しかしまあ、選りすぐりの名作佳品を全30篇収録というのは、こうして改めて眺めても、やはり圧巻である。解説の趣向も含めて、アンソロジスト冥利に尽きる一冊を送り出すことができたと自負する次第。
 とはいえ、それもこれも、セレクト対象となった膨大な作品群を、幻想文学に対する逆風のさなか、倦まず弛まず書き継いでこられた作者の研鑽と苦闘の賜物なのだ。


11月23日
 千駄ヶ谷の国立能楽堂で、梅若万三郎襲名披露公演を観る。お目当ては、3時間近い大曲「姨捨」である。信州姨捨山に捨てられた老婆の霊が月下に舞う、神韻縹渺とした演目。信州取材に行ってから間のないこともあって、興味津々で臨む。途中睡魔に襲われることもなく(笑)、凛冽の気みなぎる舞台を堪能。
 終わってから『種村季弘スペシャル』の連絡を兼ねて、赤坂「ですぺら」で開催中の「郡司正勝氏を偲ぶ会」に顔を出す。須永朝彦さん編纂による『芸能の足跡 郡司正勝遺稿集』(柏書房・本体3800円)刊行を記念しての催しである。明日から取材なので、早々に失礼する。


11月24日
 明日、徳島県山城町で開催される「児啼爺像除幕式」に出席するため、朝7時前の「のぞみ」で西下。式が午前中から始まるため、前日からスタンバイする必要があるので、ならばこの際、前々から気になっていた、とあるスポットをついでに調査してやろうという魂胆である。目的地は……香川の善通寺だ!
 別に、にわかに菩提心が兆したわけではない(とはいえしっかり参拝し、御丁寧に「戒壇巡り」も体験してきたんだけどね)。
 実は、この地にも、牛妖伝説が伝えられる寺があるのだ。事前に詳しく下調べする余裕がなかったため、到着後、寺の名前だけを頼りにリサーチを開始。困ったときの公共施設、とばかりに飛び込んだ郷土資料館で、早速ビンゴ! 詳しい地図のみならず、寺の所在地一帯の史跡が掲載された冊子まで入手することができたのだ。
 昼飯を食いながら、地図を広げて行動計画を練る。すると、驚くべき事実を発見。ななな、ぬわんと、ここ善通寺にも「甲山」が存在したのだ! そればかりではない、山の麓には「甲山寺」という寺まであるではないか!!(何を大騒ぎしているのかと御不審の方は、『ムー』2000年3月号の拙稿「妖獣くだんの謎」を参照されたし)
 いやぁ〜久々に興奮しましたね。この大発見の顛末は、追って『ムー』誌上にて御報告いたします。
 せっかく香川に来たのだから、有名な根香寺の牛鬼にも対面したいものと思っていたのだが、善通寺で時間をとりすぎて、はや夕暮れ近い時刻に。電話で同寺に閉門時間を問い合わせると、まだ1時間ある。最寄りの鬼無駅で降りて、タクシーをつかまえ、山深い寺へと向かう。牛鬼の寺は、見事な紅葉に包まれていた。この夜は高松泊。


11月25日
 朝8時過ぎの特急南風で一路、徳島の景勝地・大歩危峡へ。前回の『ムー』取材はクルマで行ったので、JRの駅で降りるのは初めて。駅舎を出るなり……長閑だ、ひたすらに、長閑だ(笑)。地図を頼りにてくてく歩き出したものの、徒歩ではかなり距離がありそうだし、時間も迫っているので、途中の観光施設「ラピス大歩危」に立ち寄ってタクシーを呼んでもらう。
 11時の開始直前に会場に到着すると、明らかにジモティとは異質なオーラを放つ(笑)一団を発見。化野燐さん主催の岡山妖怪ツアーに参加された、一騎当千の面々である。多田克己&村上建司の御両人は、すでにカメラ片手にスタンバイ中。挨拶もそこそこに、こちらも取材モードに突入する。
 除幕式に続いて、神官によるお祓いの神事が執り行われる。今回の「児啼爺事件」の首謀者(!?)である多喜田昌裕さんや化野氏も玉串奉奠を行なったのだが、御両人とも事前に知らされていなかったらしく、狼狽えていたのが微笑ましかった。
 そのあと会場を近くの公園に移動して、感謝状贈呈や来賓祝辞があり、ついに多田・村上両氏と小生による「妖怪談義」に突入。司会を急遽、多喜田さんにお願いする。
 式典終了後、化野チームのワゴン車に同乗させていただき、アザミ峠に建てられたという「児啼爺発祥の地」(題字は京極夏彦氏書)の碑を見学に向かう。相変わらず、とんでもない山の上である。前回『ムー』で来たときは、二度と来ることはあるまいなと思っていたのだが……と、化野氏と二人、しばし感慨に浸る。
 下山して会場に戻り、芋汁とおでんの接待を受ける。3時過ぎに、クルマで戻るという化野チームと共に退出し、大歩危駅まで乗せていただく。駅周辺を散策後、特急南風で岡山へ。新幹線の時間待ち……といえば、駅近くの古本屋が定番であろう(笑)。電話ボックスへ飛び込み、ハローページで古本屋のあたりをつけ、いざ出陣。岡山文庫の未入手分ほかをごっそりゲットして、帰京。
 なお、児啼爺除幕式のリポートは、『ムー』2月号に掲載予定。


11月26日
『小説推理』1月号(双葉社・定価720円)が到着する。表紙と背、目次を見て、狼狽える(笑)。
 今号から連載スタートした小生の〈幻想と怪奇〉時評――第1回は、『M・R・ジェイムズ怪談全集』『床に舞う渦』『銀の仮面』『夜陰譚』というクラシカ〜ルなラインナップ。洋物が多くなったのは、偶々なんだけどね。
 小生プロデュースの特集「ミステリーファンのための〈幻想と怪奇〉への誘い」ともども、ぜひとも御高覧のほどを!


11月28日
 15:00より津原泰水氏と同朋舎の『ホラー・ジャパネスクを語る』対談。噂の最新作『少年トレチア』(『妖都』の衝撃ふたたび!)を中心に。終わってから、三津田氏に案内され、神保町のうなぎ屋へ。渋くて、いい店でしたね、御馳走さまでした。
 そのあとタクシーで、赤坂「ですぺら」へ移動。声優の栗田ひづるさん、小説推理の『ペニス』担当Hさん、『トレチア』の異形のヒロイン(笑)のモデルだという美人さんなどもアトランダムに駆けつけ、にぎやかに歓談する。
 席上、2月末か3月に、津原氏の新作書き下ろしを含む「栗田ひづる朗読会」イベントが開催されることに決定!


11月29日
 14:00より某大手出版社で『ホラーを書く!』文庫化の打ち合わせ。久々に魔界の編集者フカサワと顔を合わせる。相変わらずどこからどう見ても元気そうでなによりである。
 16:00より神楽坂のロイヤルホストで、Sくん@ダ・ヴィンチと、「伝奇ノ匣」刊行に合わせた伝奇小特集の打ち合わせ。来週、本チャンの取材を受けることに。


11月30日
 菊川の洋菓子店シュベーネで、『ダ・ヴィンチ』のオカルト特集の取材を受ける。題して「作家が覗いたオカルト世界(仮題)」の由。こちらの担当はキシモトである。数ヶ月前の「岡野玲子=『陰陽師』」特集に続いて、相当に気合いの入った特集を考えている模様で愉しみ。その意向を直接うかがいながらのQ&A方式で、ゆるゆると座談を進める。