東雅夫・大森掲示板全発言(1999/05/13〜05/14)

◆2127//餅は餅屋!? (1999/05/13 14:55:04)
MAIL::東 雅夫
はじめまして。こちらの掲示板、よく拝見しておりますが、このところ「ホラーウェイヴ」(←これが正しい表記です!)だの「学研」だの、胸が痛む名前が続出するのにいたたまれず(笑)、一言発言させていただきます。
角川ホラーが成功して、ぶんか社や学研が失敗した理由は至ってカンタン。パブリシティを含めた営業力の圧倒的格差に尽きると思います。
仕事先の悪口めいたことは言いたくないのですが、自社媒体以外、満足に広告一本打てないのでは、ハナから勝負にならないのですよ(その意味で、角川と並ぶ営業上手の徳間が、本気でSF新人賞に取り組む気なら相当に期待できるとは思います。なにせ藤木凛なんぞを、あれだけ売り出しちゃうんだからな〜)。
あ、それからぶんか社が撤退したのは、ホラーが商売にならないと判断したためではなくて、経営状態が急激に落ち込み、文芸書のような手間ヒマかかって利の薄い分野を維持する根気と体力がなくなったから、なのですがね(それで最近は安直なタレント本ばかりを必死で量産している)。
ぶんか社でのホラー路線立ち上げを相談された際に小生が提案したのは、「角川がやらないことをやる!」でした。まあ、そもそも「文庫」と「新人賞」などという湯水のようにカネのかかる分野は、参入したくても出来なかったとは思いますが。
それで「ハードカバー叢書」「雑誌」「ランキング本」という地道な三本柱を立てて、いわば「ホラーにおける早川・創元」路線を狙ったわけですが(笑)、一年もガマンできずに投げ出してしまったのは残念でありました。
あ、ちなみに「雑誌」はカネがかかるだろうと突っ込まれそうですが、『ホラーウェイヴ』は体裁こそ雑誌ですが、流通的には書籍扱いで、おまけに人件費が限りなくゼロに近い(何故かは聞かないでね、哀しくなるから)という条件下で実現したものなので、あくまでゲリラ的産物なのです。
小生自身は、もともと大部数の本をつくることに何の関心もない外道な編集者ですし、「100万部売れる本より100年先に残る本を」というのがポリシーですので(笑)、学研でもぶんか社でも、それなりの仕事はさせてもらえたかな、と実のところ個人的には納得しているのですけれどね。

◆2129//なるほど(苦笑) (1999/05/13 16:46:58)
MAIL::東 雅夫
>広告うてなくても、やおいを出している弱小出版社は、とりあえず生き残っているところが沢山ありますよ。
ですから、「餅は餅屋」だと言っているのですよ!
一冊の本が生み出すことを要求される利潤のレベルは、その出版社の規模とか経営状況とかによって上下するわけで、特に宣伝などしなくても、そこそこ売れてくれればやっていける出版社もたくさんあるわけです(国書刊行会とか『幻想文学』の場合なんか、まさにソレですが)。
学研やぶんか社の場合は、会社側の期待するレベルと、ホラー市場の実態(=特に大宣伝を打たなくても動く部数ってことね)とのあいだに落差があったので撤退した、というだけのこと。
で、その壁を破るためには(つまり数千、数万という部数を、数十万、数百万という単位に引き上げることね)、たとえば角川商法のような周到にして強力な営業戦略なり、あるいは5年先10年先を見据えた長期的戦略なりが不可欠だろう、ということです。
これは別に「言い訳」などではなくて、ひとつの「教訓」として言っておきたかったまでのこと。「今、ホラーがブーム」などという浮っついた風潮に踊らされて安易に手を出すと、痛い目をみまっせ〜、というね(笑)。

>だって私、藤木凛の広告って、そんなに見た記憶ないんです。
たとえば新刊が出るたびに、一本立ちの地下鉄中吊り広告(やたらカネがかかる)を打ってるでしょう。新人としては破格の扱いかと。

◆2142//なるほどなるほど(大苦笑) (1999/05/13 19:53:41)
MAIL::東 雅夫
ギャラリーの方には説明不要かとは思いますが、言わずもがなの付言を(やれやれ)。
はじめに「たとえば角川商法のような周到にして強力な営業戦略なり、あるいは5年先10年先を見据えた長期的戦略なりが不可欠だろう」という小生の一文の読み方から「解説」しますね。
「角川商法のような」は「営業戦略」までにかかる形容詞で、「あるいは」以降とは直接関係がありません(そのために「あるいは」という語を挿入しているわけですね)。
噛み砕いて説明すると、短期間で即成果を挙げたいのなら、角川のようにメディアミックスによる大宣伝方式でいくべきだろうし、それだけのリスクを負う覚悟や資本力やノウハウがないのなら、じっくり腰を据えて自前のメディアなり作家なりを育て、その中から「売れる」作家が出るチャンスを待つ(これが「長期的戦略」ということね)しかないだろう、ということです(もちろん、それはそれで基礎体力のない出版社にはムズカシイことですが)。
それと、誤解のないように言っておきますが、上記はあくまでも角川的な大部数を前提とするメジャーな商売をするなら、という話であって、前回も書いたように、中小規模の版元が自社の身の丈に合った出版物としてホラー路線を考えるのであれば、そんな大宣伝を打つ必要はないわけですよ。

>角川って、戦略あって始めたんですか? ホラー。

当たり前でしょう。何千万(何億!?)とかかるプロジェクトを、何の戦略や展望もなしに始める企業はないと思いますが。

>東さん、お金があって広告が打てたから売れた(2127)と書かれていた記憶があるんですが。

はぁ!? 広告をうつ、というのは営業戦略の基本中の基本では? 少なくとも一定以上の営業力なしにベストセラーが継続して出ることは非常に稀である、とは言えると思います。

>長期的展望ってのなら、東さんの方が、角川よりずっと長期的見通しでやっていたのではないんですか?

おいおい。私ゃ、歩く出版社かーい(笑)。小生がここで問題にしているのは、編集者個人の心構えではなくて、会社組織としての戦略・展望ということです。

>宣伝が巧い会社なら売れるってのなら、角川の本は全部ベストセラーになるじゃないですか。でも、そんなことはないでしょ。売れた本は、売れるだけのものがあったから売れたと言いたいですね。でないと、売れた作家さんに失礼だと思うので。

そういう話をしているのではありません。「売れる」作品がそれなりの魅力なり内実なりを備えているのは、あったりまえのこと(たまに例外もあるけどさ)。そういう作家や作品を求めて、角川だってホラー大賞の募集をやっているともいえるわけじゃないですか。事実、角川ホラーが送り出した作家たちは、いずれも抜きん出た実力の持ち主ばかりだと小生は評価していますよ。
しかし、いかに「売れる」要素をもった本でも作家でも、それが読者の目に触れなければ、大部数売れるはずはない。目に触れるためにはどうするか? 宣伝するしかないでしょう。そして一冊でも多く、長く、書店に置いてもらうしかないでしょう。
多くの人の目に触れる媒体に広告を打つには、巨額の広告費がかかる。効果的な対書店営業をするには人件費がかかる。そういう至って単純な(そして情けない)事情を言っているのですよ。
ちなみに卑近な一例を挙げると、倉阪鬼一郎という作家の(許せ、鬼さん)本が、幻想文学出版局で出した時には千部そこそこしか売れず、出版芸術社で出した時にはウン千部しか売れず、幻冬舎で出した時にようやく一万部の大台(笑)に達した……というのは、版元の営業力の差が直接最大の要因ではないかと思うんですがねぇ(彼くらい頑固に「変わらない」作家も珍しいわけで)。

>なら、最初から撤退しなくてすむところでホラーの雑誌を作ったらどんなものでしょう?

わっははは。ぶんか社だって、最初から撤退するつもりでホラーを始めたわけじゃないんですよ(当然だけど)。いまどき新たに文芸誌を立ち上げるなんてハイリスクなことに、ましてやホラー小説専門誌なんてものに手を出す出版社は滅多にないし、そういう稀なチャンスだからこそ、小生も敢えてチャレンジしてみたまでのこと。その意味で、ぶんか社には感謝しています。もちろん、これからも機会を捉えては、様々な形でチャレンジしてみたいと思っていますよ。

>だって、続かないと、100年先に本は残らないじゃないですか。

商業的成功と本(というよりは作品ですな)が残る残らないということは、関係ないのですよ。極端な言い方をするなら、たとえ数百部の自費出版本だって、それが真に優れた作品であるならば(そして若干の幸運に恵まれれば)、いずれどこかの研究家なり好事家なりの目にとまり、そこからより幅広い層へと広まっていく……ラヴクラフトなんか、その典型だと思いますが。
それを信ずるからこそ、初版部数がたとえ数百、数千の本であっても、真摯に本造りに取り組む出版人や、売り上げ至上主義の上司を懸命に説得して企画を通そうとする編集者が、跡を絶たないのだと思いますがね。

◆2147//いやはや (1999/05/13 22:02:45)
MAIL::東 雅夫
大森掲示板の醍醐味、堪能させていただきました(笑)。
またそのうち遊んでくださいねー。

◆2169//とばっちり、恐縮です (1999/05/14 04:00:43)
MAIL::東 雅夫
し、しかし……なんて誠実な人なんだ(笑)>中島様

たっての御指名がありましたので、その点についてだけ御返事しときましょう。

>そんなに良くおわかりで、なぜ失敗したのですか?と。

うーむ、どうやら小生が最初の表題に掲げた「餅は餅屋」という言葉に異様にこだわっているようですが、小生がそう呼んでいるのは自分のことなどでは全くなくて、自社の体力とか得手・不得手をわきまえずにホラーに手を出す出版社に向けて、そう言ってみたまでのこと。どうもハナから誤解があったらしいことに、いま気がつきました(笑)。
それはともかくとして、そのジャンルについて「わかっている」ことと「企画の成功」とは、必ずしもイコールではないと思いますが?
そもそも何について「わかっている」のでしょうか? ホラーというジャンルそのものについて理解することと、それを商品として制作・販売することとは、全く次元の異なる行為だと思いますが。
小生はマーケティングの専門家ではありませんし、まあ超弱小出版社を20年近くもやってきて、この業界についてそれなりの知見はありますが、それはあくまでも限られた分野と範囲での話。
学研とぶんか社の件に関しては、自分が当事者として関わったからこそ、その実情の一端を申し上げたまでです。
小生はどちらの場合も、与えられた範囲内で最善を尽くしたつもりですが、それは結局のところ「少しでも良質な作品を読者に届ける」という編集者としての責務にとどまるわけで、そこから先の流通・販売に関して、小生が介入できることなど微々たるもの。一介のフリー編集者である小生が、ひとつの会社組織のプロジェクトに参加して、個人の裁量で成し得る範囲というのは非常に限られているわけです。

ついでに言っておくと、たとえ「天の声」がきっかけで始まったものであろうと、それをいかに具体化し、成果を上げるかという局面で機能するのが「戦略」でしょう。その点、角川というのは非常に優れた組織であると、小生は常々感心しております。

あ、それからぶんか社に関していえば、小生は企画が持ち込まれた段階で、「ホラーが即商売になるなどというのは幻想である。やるからには腰を据えて取り組んで欲しい」と言明し、了承の上で始めた仕事です。それをちょいと経営が左前になったとたんにあっさり掌を返すから、ムカついたワケですがね〜(笑)。
決してこちらから実現不可能なオイシイ話を持ち込んだわけではありませんし、ましてや当初から版元に損をさせよう、などという気は毛頭ありませんよ、あったりまえのことですが。
また、ホラーに本気で関心を示す出版社がまだまだ少ない現状では、いかなる苛酷な条件であろうと、機会があればトライしてみることに意義があると小生は考えます。
事実、ぶんか社のHORRORWAVEシリーズからも『屍の王』や『ALUMA』をはじめ、それなりの反響をいただけた作品を短期間のうちにも送り出せたわけですし、その「流れ」は今、別の形で動き出そうともしています。

小生はいちおう評論家と二足のワラジであるゆえ、こうやって言いたいことを言わしてもらっていますが、出版の現場で黙々と試行錯誤をかさね、日々、悪戦苦闘している幾多の編集者の神経を逆撫でするような発言は、〈サイフィクト構想〉とやらいう未だ絵に描いた餅にも有害に作用するのではないかと危惧する次第です。
それでは本当にさようなら〜(笑)。