牛込間借日記


12月1日
 夕刻より、池袋西武のホラー講座。今回のお題は、ドイツ&ロシアのホラーについて。テクストは『怪奇小説傑作集』の中で最もマイナーな(!?)第5巻を使用。


12月2日
 bk1で今月いっぱい開催される「中東ホラーの知られざる世界」特集&ブックフェア用のオープニング・エッセイを書き上げて、送信。
 いちおう時事ネタがらみで思いついた企画なれど、『生埋め』のサーデグ・ヘダーヤト、『黒魔術』のシャフィーク・マカール、『イマームの転落』のナワル・エル・サーダウィ等々と並べてみると、彼の地にも〈幻想と怪奇〉の鉱脈が眠っているらしいことが察知される。なんたって、かの『アラビアン・ナイト』を生んだ土地だしねえ。
 とはいえ、いずれもマイナーの前に「ど」の字がちらつくラインナップゆえ、いかに御時世といっても売れ行きに不安が……ということで、ハタと思いついたのが、購入者への未訳短編プレゼント! 『生埋め』の翻訳者である石井啓一郎さんの御厚意で、ヘダーヤトの未訳短編「暗室」のテクスト・ファイルを、期間中にフェア対象本を購入された方全員に配信する、という企画である。その甲斐あってか、主要書目は順調に動いている模様(安堵)。


12月3日
 文春文庫から年明けに出るジェシー・ダグラス・ケルーシュ『不死の怪物』の帯に載る推薦文を執筆して送信。幻想的掲示板でも騒がれていたように、長らく名のみ高くして訳されることのなかった20年代英国の本格ホラー長編である。期待にたがわず、北ヨーロッパの荒ぶる怪奇魂をひしひしと感じさせるかのような一大娯楽伝奇ホラーだった。堪能。装幀も、文庫にしては異例な凝り方らしいので、愉しみである。
 息つく間もなく、『ムー』の児啼爺除幕式リポートを執筆。ちょうど徳島の妖怪ハンター多喜田昌裕さんから電話があったので、これはカモネギとばかり(笑)逆取材してしまう。


12月4日
 午後、学研で獅子堂@ムーと児啼爺リポートの写真打ち合わせ。今回はカメラマンが同行しない単独取材だったので、恐ろしいことに小生の素人写真が誌面を飾るのだ。デジカメの写真もワンカット使用されるので、どの程度のクオリティになるのか、興味津々である。
 津原泰水氏を五反田駅の改札に迎えに行き、学研M文庫の担当諸氏と引き合わせる。その結果、伝奇M文庫で、同氏にとって初挑戦となる伝奇オカルト時代小説(予定)の書き下ろしが正式に実現するはこびとなった。詳しくは、いずれ津原氏のホームページでコメントされることでありましょう。御期待ください!
 その後、「ですぺら」に移動し、ふたりで漫然と飲んでいたら、櫻井管理人がフラリと現れる。遅くなってからHさん@双葉社も合流、やおらカウンターに『少年トレチア』のゲラ刷りを広げて、校正箇所を確認し始める。う〜ん、こんな遅くまで熱心だのぉ……そこでハッと気づいた。『トレチア』の版元は双葉社じゃないだろー!?(笑)「いやあ、一日も早く読みたくて〜。単なる津原ファンでーす(はぁと)」って、あんたねぇ……妖怪馬鹿ならぬ編集馬鹿の現物を久方ぶりに目の当たりにして、いたく感動する。
 終電が近づいたので、ひと足先に抜けて帰宅。


12月5日
 16:00から菊川で『ダ・ヴィンチ』伝奇特集のインタビュー取材。いつもの洋菓子店シュベーネを指定したら、「お休みなんですけどぉ〜」と担当のSくんから携帯に連絡が入る。あちゃー。慌てて、交差点のコンビニで落ち合うことにして駆けつけると、Sくん、カメラマン氏、そしてライターとして神無月マキナ@SCARED編集長が待ちかまえているではないか。見るからにヘヴィメタルなメンツにビビリながら(意味不明)、ちょっと離れたイタリアン・レストランに御案内する。
 撮影の前に写真撮りをしたい、とのことで、マキナ編集長を留守番役に、カメラマン氏が急遽ロケハンした場所へ移動……って、大通り沿いの小さな児童公園なんだが。まさかこんな近所の公園で被写体になる日が来ようとは(笑)。出来上がりは、『ダ・ヴィンチ』2月号で御確認ください。
 取材自体は和やかに進行。ただし、本編のみならず、ブックガイド部分に関しても、合計30冊それぞれのコメントを「語り下ろし」たため、思いのほか長丁場になってしまった。いや、小生はしゃべりまくっただけゆえ、なんてことないのだが、まとめる方は大変であろうよ。


12月6日
 息つく間もなく、今度は同じく『ダ・ヴィンチ』オカルト特集で引用つき紹介を掲載する作家&作品の選定締切。「オカルトと文学」なんて、とんでもなく幽遠なテーマであるわけだが、逆にここまでテーマがでかいと開き直れるものですな、人間。ということで、編集サイドのリクエストを踏まえつつも、かなり私的好みに偏したセレクションになった。どういうラインナップかは、『ダ・ヴィンチ』2月号で御確認ください。(←しつこいって!)
 そうこうするところへ、『ダ・ヴィンチ』新年号が到着。年末恒例のエンターテインメント小説ベスト3に登板しています。誌面を見渡せば、幻想的掲示板でもおなじみの顔がチラホラ。しか〜し、『巴』が中島晶也とかぶったのは予想されたところなれど、『ペニス』が笹川吉晴とかぶるというのは……超意外!?(笑)


12月7日〜8日
 朝8時前の長野新幹線で、長野へ。前回の「日本伝説紀行」で足を伸ばせなかった、戸隠〜鬼無里方面への追加取材の旅である。事前に確認したところ、「まだ雪は大丈夫でしょう」とのことだったが、取材を始めて間もなく、空から白いものがチラチラと(笑)。しかも、さすがは信州、吹きつける風の冷たさたるや、ハンパじゃない。これが彼女と行く温泉旅行なら雪景色もオツなものだが(比喩です、あくまでも比喩ですっ)、取材となると二重苦三重苦。視界不良に加えて滑りやすくなる路面や山道、使用が制限される写真類(冠雪した状態では資料写真として再利用が難しいのだ)、底冷えする寺の本堂での長時間取材……それでもなんとかこーにか「鬼女紅葉」をめぐる伝説の地を巡り終えることができたのはラッキーだったかも。その成果は、来年の『ムー』誌上にて!
 さて、8日の夕方、取材は無事終了して長野駅に戻ったが、せっかく長野まで来たのだからと駅頭で現地解散し、小生はひとり、市街の書店巡りへ出発。まずは駅前ビルに真新しい店舗をかまえる、老舗の新刊書店・平安堂へ。郷土出版コーナーを急襲の後、文芸書売場も覗いてみたら、棚担当者のこだわりが感じられる品揃えに一驚を喫する。特に海外文学とエンターテインメントの充実ぶりは、なかなかのもの。
 そうこうするうち、気がつけば日も暮れ果てた。しばし思案の末、「どーせなら一泊して、資料漁って明日帰るかぁ、善光寺さんにも行きたいしぃ」と決断(お約束?)。ちなみに宿泊費は、とーぜん自腹である。


12月9日
 雪まじりの空模様のなか、まずは長野市のシンボル・善光寺へ。牛にひかれて善光寺詣り、で有名な名刹ですな。先日の香川・善通寺に続いて、ここでも戒壇巡りに挑戦。坂東眞砂子『狗神』のファンなら、外せないイベントだしね(笑)。しかし、こんなに短期間に、両寺院の本堂地下に連チャンで潜った人間も珍しかろう、って自慢するようなことでもないか。
 そのあと市街を散策。図書館で精力的にリサーチの後、昨日から目星をつけていた古書店を見つけて、勇躍飛び込む。これが大当たり! 前から探していた『信州百物語 信濃怪奇伝説集』をはじめとする郷土資料本や川崎市民ミュージアム『妖怪展』カタログほかをゲット。これだけでも一泊した甲斐があったというものだ。
 新幹線の時間を気にしながら、もう一軒、善光寺山門近くの店に立ち寄る。こちらは新刊本屋も兼ねる、いかにも田舎の本屋さん。ところがどっこい、ここで「鬼女紅葉」取材で探していた『伝説の谷/源氏伝説のふるさと』という絶版本を首尾良く発見。大成果である……などと歓んでいたのも束の間、ハッと気づけば、帰りの新幹線の時間が迫っている。な〜に早足で帰れば、とタカをくくっていたら、意外に駅までの道のりがあって、次第に慌て始める(ばか)。最後は重い本の包みを抱えて全力疾走する羽目になったが、ギリギリ間に合って、無事に帰着。


12月10日
 うっかり出し忘れていた(確信犯!?)『SFマガジン』の「マイ・ベスト5」アンケートを書き上げて送信。今年は(今年も?)悩みました、特に国内編は大激戦。日本のホラーがいま、大規模な地殻変動期を迎えていることを、改めて実感する。おそらく、ここ数年のうちに、ホラー作家地図は驚くほど様変わりするんじゃなかろうか。
 夕刻、神楽坂の珈琲館で、秋里光彦さんとHさん@小説推理の打ち合わせに立ち合う。当事者間にまったく面識がないので、ま、仲人役みたいなもんですかね。秋里氏の新作ホラー短篇は『小説推理』2月号に、福澤徹三氏の短篇と並んで掲載されることになる見込み。要注目!


12月12日
『ダ・ヴィンチ』のオカルト特集談話の著者校もどし。口頭では言い足りなかったところや、誤解を招きそうなところなど、なんだかんだと気になって、ついつい細かく手を入れてしまう。今回に関しては、まとめてくださったライターさんに責任はまったくないので、その旨、注記して返送する。
 巻頭カラーページなので、校正用にもカラーコピーを送ってもらったのだが、誌面のレイアウトが実に美麗で感心する。キシモト@ダ・ヴィンチ曰く、エース級のデザイナーさんを投入したのだとか。今回の特集への並々ならぬ入れ込みぶりが伝わってくるではないか!


12月13日
『小説推理』の〈幻想と怪奇〉時評を書き上げて送信。今月のメニューは、篠田節子『妖櫻記』、高瀬美恵『スウィート・ブラッド』、ミッシェル・フェイバー『アンダー・ザ・スキン』という女性作家3人の揃い踏み。どれをイチ推しにしてもおかしくないくらい、レベルの高い作品ばかりでシアワセである。
 特に〈400円文庫〉というハンデ(!?)をものともせず、現代日本を舞台に吸血鬼の恐怖を惻々と描くという離れ業をさりげな〜く達成した『スウィート・ブラッド』には、大いに感心させられた。……てなことを言うと「どーせ『アルーマ』の縁で依怙贔屓してるんだろう」などとゲスな勘ぐりをする手合いがどこやらにいそうだが、決してそんなことはありません。読めば、分かります!(笑)


12月14日
「年末進行なので今日中に!」と厳命されていた「伝奇入門」の原稿、途中まで書いたのだが、今夜は折悪しく池袋西武のホラー講座の日、その準備もしなければならないので、どう考えても夕刻までに間に合いそうにない……鬱々としながら、3日前から切れたままの風呂場の電球を買い換えに近所の電器屋に向かう途中、同じく年末進行で容易ならぬ事態らしい(胸奥よりこみ上げるこの熱き共感はナニ!?/笑)日下三蔵氏から、目下猛然と執筆中の『皆川博子作品精華 伝奇』解説に関する問い合わせが入る。手持ちの資料を確認すればすぐ分かることだったので、帰宅したら連絡することに。
 そのお返しに、というわけでもないが、『小説推理』1月号掲載の小生と宮部みゆきさんの対談中で言及している書誌データに関して、ありがたい御指摘&御教示をいただく。念のため、ここにも書いておくが、昔、講談社から出ていた〈世界の名作怪奇館〉で、都筑道夫さんが翻訳・解説を担当されていたのは「ミステリー編」の巻『恐怖の地下牢』のみ。そのへん、あたかも全巻を都筑さんが編纂されていたようにも読める記述になっているのは、ひとえに小生の不備によるものです(手元に同書がなかったのである)。同朋舎から単行本で刊行するときにはキッチリ直すつもりだが、くれぐれも誤解のなきよう。
 講義から戻り(今夜のテクストは『暗黒のメルヘン』)、こちらも切羽つまっていた『ダ・ヴィンチ』伝奇特集の談話ゲラに朱入れして返信。


12月15日
『ムー』の「伝奇入門」原稿を書き上げて送信する。今回は、またも緊急特別編として、年明けに刊行決定した「ムー伝奇ノベル大賞」の両入選作――久綱さざれ『ダブル』と灰崎抗『想師』をめぐって。どちらも、凄い造本になる模様で愉しみだ!