[10月1日]
 三時間寝てから男子マラソンを見る。6位のフィスと10位のモネゲッティが渋かった。4位ブラウンの若ハゲも印象に残る。日本勢についてはとくにコメントなし。それにしても、ワイナイナは日本語ペラペラなのにどうしてインタビューしないのだろう?
 その後の読了は二冊。キャスリン・プタセク『シャドウアイズ』(創元ノヴェルス、品切)は活劇系モダンホラーの水準作。作者はチャールズ・グラントの奥さんなのだが、線が細い旦那よりずっと男性的、これはいい組み合わせなのかもしれない。異形コレクション『帰還』(光文社文庫)のベスト3(掲載順)は、なるほどスプラッター怪談もありかとそこはかとない刺激になった友成純一「地の底からトンチンカン」、最近の長篇ではエンターテインメントを意識している反動が出ているかのような牧野修「夜明け、彼は妄想より来る」、これなら心おきなくサイコ・ホラーという言葉が使える飯野文彦「母の行方」。鬼畜系にしか反応してませんけど(笑)。
[10月2日]
 オリンピックが終わったので仕事モード。ちなみに、後半戦のMIPは新体操の予選で最下位になったエジプトの選手。ほかはみんな細いのに一人だけ肩幅が広くて水泳選手みたいだった。がんばってください。
 六時から日暮里ルノアールで祥伝社のY田さんと打ち合わせ。『窓のない部屋』(ノンノベル・11月刊)の初校ゲラを受け取る。どうやらほんとに年八冊出るらしい。パッケージはジェットコースター・ホラーになる模様。これは嘘いつわりございません。ジェットコースターにもいろいろあるでしょうから。帰宅後に長篇Aの第二次推敲を完了。今月は読書量が減りそうなので強調月間はお休みです。


[10月3日]
 午前中に長篇AのFDを作成。やっと渡せる状態になったので、長篇B以下を一つずつ繰り上げます。午後はまず翻訳、田中哲弥方式ならすらすら進むのだが。続いて連載、昇格したばかりの長篇B、短篇A、夜はゲラとワーカホリック状態。
 情報によると、弟のブラニーが千葉で「おやじ狩り」に遭い、二人組のあんちゃんに殴られて全治一カ月のケガを負ったらしい。金は取られなかったようだけど、よほど裕福なおやじに見えたのだろうか?
 松尾由美『おせっかい』(幻冬舎)を読了。メタには点が甘くなりがちなのだが、これはわりとエレガントなジャンルミックスで上々の出来。


[10月4日]
 夕方から高田馬場、まずCDと本を買う。『シベリウス交響曲全集&管弦楽曲選集』(8枚組)なんてものを買ってるようではもういかんかも。六時よりジァンナンで幻冬舎のS儀さんと今後の作戦会議。次の事件シリーズは学校物に決定。色名・館シリーズはゴーストハンターのイメージアップなどいろいろ。それにしても、売れてる小説のサンプル(ことにハードカバー)が少なすぎるのは問題か。例によって黒服を調達してから帰宅。
 さて、「SF JAPAN」秋号が届きました。筒井康隆特集にコラムを寄稿しています。与えられたテーマは筒井康隆のホラー、いきなりホラーとSFの境界線の話を振っていたりするのはやや芸がないかも。


[10月5日]
 連載が通算250枚をクリア。順調のような気もするが、今回はすべての伏線を回収する予定なので山はこれから。あとは長篇A・Bを進める。
 山本夏彦『寄せては返す波の音』(新潮社)を読了。P108に「伊藤敬氏というたぶん仏文学者は」というくだりがあって思い切りのけぞる。


[10月6日]
 ミーコ姫を連れて四時に祥伝社へ赴き、月末発売の『文字禍の館』(祥伝社文庫)の著者写真を撮影。担当のK藤さんのアイデア(悪乗り)で、特注の覆面を被る。なぜ面妖な覆面を被っているかは作品を読めばわかる仕掛けになっています。でも、年初めの講談社ノベルスの著者近影は二のセンだったのに、これじゃ弁解の余地のない色物である。九段一茶庵でK藤さんと蕎麦を食したあと、三省堂書店で催された柴田よしきさんのサイン会へ。かなりの盛況でした。二次会にも参加、フカサワマッキー、森奈津子と同じテーブルだったため、いろいろと邪悪な会話をする。酔っぱらって奈津子嬢の手をべろべろなめていたような気もするな。昔はこんな人じゃなかったのだが……飯野さんの影響かも(まずい)。では、秘書猫と代わります。
 黒猫のぬいぐるみのミーコ姫です。ふくめんをかぶったクラニーといっしょにお写真をとってもらいました。柴田さんにはサインをいただきました。いろんなおともだちにもかわいがってもらいました。わーい、またあそんでね。
 「ダ・ヴィンチ」11月号が届きました。アンケート「わたしの好きな、原作のある映画BEST3」に登板しています。なぜこんなところで笹川吉晴の隣になるのかという気がしないでもない(笑)。
 大岡信編『現代詩の鑑賞101』(新書館)を読了。ずっと定型詩に関わってきたせいか、現代詩は饒舌すぎてあまりいい読者ではないのだが、むろん琴線に触れる詩もある。本書では吉岡実「僧侶」、那珂太郎「繭」、中村稔「夜」がベスト3。粕谷栄市が入っていないのは不満。


[10月7日]
 月末締切の連載の第一稿が早くもできてしまう。16日のポリープの手術が失敗する危険性を鑑み、前倒しして書いているのだから我ながら律義である。夜は蕎麦屋で野菜天丼を食し、やっと体重が52キロ台に回復。


[10月8日]
 その後の読了は『新匿名座談会』(本の雑誌社)と資料用の佐々木庸一『魔のヴァイオリン』(音楽之友社)のみ。さくさくノルマを達成して、せめて一日一冊は読みたいのだが……。
[10月9日]
 長篇A・B、短篇A・Bで12枚。やっと動きはじめてきたような気がする。ゲラはあと少し。
 グレアム・マスタートン他『囁く血』(祥伝社文庫)はシリーズ第三弾。軽めの作品が多いけれども、ベントリー・リトル「数秘術」のアイデアは面白い。あとはドン・ダマッサ「淫夢の男」かな。


[10月10日]
 午前中は長篇Dのプロット作り。タイトルは「BAD」の予定。
 午後から親が上京、日暮里では老舗の料理屋で昼食。おふくろに「固定給はあるのんか?」と問われたけれども、あるかいなそんなもん。四時より高田馬場ジァンナンで徳間書店のK地さんと打ち合わせ、書き下ろし長篇「サイト」の原稿を渡す。これでほっとひと息。


[10月11日]
 来月出るノン・ノベルのタイトルが「窓のない部屋」から第二案の「首のない鳥」に変更されました。装画は『屍船』に続いて久枝アリアさんにお願いしています。一部のWebに流れているので記しますと、ハンドルネームは牛込櫻会館ではおなじみのアリアドネさんです。偶然に偶然が重なって『屍船』の装画担当になったという経緯、世の中にはこういうこともあるんですね。
 畑山−坂本戦。どちらも生で観戦したことのある選手につき、気合を入れて見てました。ライト級にふさわしいタイトル戦、ことに最後のダウンシーンは印象に残る。やはり畑山が一階級上げたのは正解。あれほどボディが効かないとは。一方、坂本陣営のサラス・トレーナーは過剰な器用さを期待したかも。遅いキューバン・スタイルだと絶対打たれるってば。ちなみに、竹原・鬼塚の解説は声質が控えめでよかった。
 さて、「草野球の友」創刊号が届きました。5枚のエッセイを寄稿しています。また思い切り浮いてしまったような気がしないでもない。


[10月12日]
 ゲラを返送、再びひと息つく。ゲラで赤字を入れるのは「頻出する言葉のカット」が多い。むろん原稿段階でも推敲してるんだけど、見開きのゲラは文字数が多くなるので目が変わり、折にふれて赤字を入れる箇所が出てくる。調子が悪いと同じ言葉(ことに副詞)が頻出するタイプなので、これはゲラでチェックしておかねば。
 ジャック・ケッチャム『オフシーズン』(扶桑社ミステリー)を読了。骨抜きヴァージョンでしか出せなかった幻の処女作の無削除版である。ケッチャムは意外に構成が緻密な作家で、本作で採用したアンチ・エンターテインメントのコードは『ブラッド』の作者は痛いほどわかる。おかげでわかりすぎて「あの映画のラストをやろうとしてるんだな」と読めてしまったのは少々哀しい(案の定、ケッチャム自身があとがきでそう言明していた)。残虐描写はひたすら爽快で堪能したけれども、ちっとも驚かなくなってしまった自分がこれまた哀しい(まあ読むより書くほうが楽しいんだけど)。骨抜きヴァージョンを提案した出版社はあまりにも保守的だが、確信犯的にアンチ・エンターテインメントのコードを採用しても下手なだけだと思う読者もいるので(やや実感がこもっている)、弁解の余地がなくもない。ただ、あとがきに書かれているような仕打ちを受けたら、私なら原稿を引き上げるだろうな。


[10月13日]
 翻訳の二本目の第一稿がやっと上がる。残り九本か……ピッチを上げなければ。その後は長篇Bのタイムテーブルを作って本文を進める。
 資料も読まねばと思いつつ国内作品を消化中。読了順に簡潔にコメントすると、雨宮町子『たたり』(双葉社)はやや期待値が高すぎたかも。このタイトルと装幀だと正調ゴシック・ホラーを期待してしまうからなあ。戸梶圭太『赤い雨』(幻冬舎文庫)のラストは個人的には後味が悪くてすっきりしなかったのだが、世間とは逆かもしれない。いまさら書くまでもないような気もするけど、何の救いも希望もなく世界が闇に閉ざされ、その暗黒によって浄化されるという因果なタイプの読者もしくは作者なので。川辺敦『怪奇・夢の城ホテル』(ハヤカワ文庫)はライトノベルタッチの幽霊屋敷ゴーストハント物。会話のノリが軽くてちっとも怖くないんだけど、快調には読める。古処誠二『少年たちの密室』(講談社ノベルス)は世評高い作品だが、残念ながら私の狭いミステリーの守備範囲からは少々ズレていた。今年は『火蛾』が正面に飛んできたから、そうそう続くことはないよな。ダーク系でも社会派臭があると駄目なのかも。それと、本格「推理」にはさほど思い入れがないので、論理自体に幻想性や狂気やメタ性が内包されていないとツボに来ないのかもしれない。このあたりはなお自己分析の余地あり。首藤瓜於『脳男』(講談社)は久々に読んだ乱歩賞受賞作。確かに主人公の造形が秀逸。ホラーの主人公ならどうなるかと楽しく考えてみた。


[10月14日]
 ミーコ姫などを連れて六時より「水庭美食倶楽部」の日本酒オフに参加。高瀬美恵さんのWater Garden(通称「水庭」)がしだいにコングロマリット化しており、これは下部組織の一つ。仲村明子さんが幹事で、戸田公園駅に約二十名が集結、隠れ家然とした呑み屋さんに移動。あさってが大腸ポリープの手術でひょっとしたら一生の呑み納めになるかもしれないし、あいにく食事制限中でほとんど食べるものがない。おまけに日本酒には元来弱い体質、途中ですっかりつぶれてエイのぬいぐるみをかぶって寝ていた……だけならまだしも、やっと復活後またプチ飯野さんと化してしまったらしい。仲村さんからささやななえさんを紹介していただいたのだが、酔っぱらっていて恐縮です。十一時過ぎに店を出て(このあたりから完全に記憶回復)、電車の中で高瀬嬢と「くだんちゃん一獲千金計画」を練りつつ帰宅。みなさん、お疲れさまでした。
 黒猫のぬいぐるみのミーコ姫です。クラニーにはせっきょうしておきました。さいきんグレているので、先ゆきがしんぱいです。えっとそれから、ミーコは「くだんちゃん危機一ぱつ」という小説でデビュー(?)することになりました。クラニーのワープロがあいたときにがんばってかきます。


[10月15日]
 明日の拷問に備え、下剤を溶かした2リットルの水を用意。即日退院か長期入院かあらかじめわからないから準備に困る。食事は蜂蜜を塗った食パンとプレーンヨーグルトのみ、とてもひもじい。下手すると体重が50キロを割ってしまうかも。
 さて、「小説すばる」11月号が届きました。久々の書評が掲載されています。「そこはかとなく」を二回使ってしまったのは失敗。なお、今回は単発でレギュラーではありません。
 というわけで、次回は療養日記をお届けします。
[10月16日]
 大腸ポリープ手術のドキュメントです。あまり寝られなかったのだが、七時に起床。八時から下剤入りの大量の水を飲みはじめ、トリガラ状態で一時に御茶ノ水の東京都がん検診センターへ赴く。秘書同伴だと長期入院になりそうな気がしたので、次善策でミミちゃんを連れていく。血圧測定などのあと、通常とは反対側に穴が開いている間抜けな検査服に着替えて待機。胃と大腸を併せて内視鏡がらみで年間推定百人の死者が出ているという話もあるから、どうにも落ち着かない。痛い筋肉注射を打たれて手術開始。先端に内視鏡がついたワイヤーを腸に通していくのだが、あいにくポリープが最も奥にある。角を曲がるたびに違和感が募って実に厭な気分。ただ、やっとポリープに近づくと恐怖は失せ、にわかにエンターテインメントに変わった。患者用のモニターで作業の過程を逐一見ることができるのだ。まず銀色のドリルめいたもので根元を切る。洗浄後、今度は黒いリングが出動、患部を縛ってボール状にする。ここで一気に焼き切る。体内に残存した濃厚なおならに火花が引火して爆発したという事例もあり、その死に方だけは厭だと思っていたのだが、幸い何事もなかった。続いて、傷口を縫う。もっとも糸ではなく、白い矢のようなものが刺さる。最後に先端がピンセットに変わり、お持ち帰りとばかりにポリープをつまんで除去する。所要時間は約三十分、変な特撮映画のようなライヴ映像が見られて満足だった。手術前はあれほど不安だったのに。
 ただ、これで終わったわけではない。出血したら駒込病院に即入院ということで紹介状を持たされる。食事制限は二段階、禁酒は五日間だが、当初言われていた一週間より二日短かったのは幸い。除去したポリープは詳しい細胞検査にかけられ、月末に結果が判明する。以前に一部分だけ細胞を取られたときにガン一歩手前のものが見つかって手術するはめになったのだが、今度は邪悪な細胞が発見されないことを祈ろう。ただ、何事もなくても大腸ポリープはモグラたたきみたいなもので、私は親父の遺伝だから完治することはないだろう。現に小さなポリープがもうひとつあるから育ったら収穫しなければならない。普通は年寄りが罹るんだけどな、ぶつぶつ。


[10月17日]
 仕事は推敲などの最低限にとどめて静養。食事制限が第二段階に緩和されたため、昼はざるうどん、夜はごはん・冷や奴・卵焼きを食す。現在の体重は50.2キロ。禁酒は三日目、洋酒のボトルが「ちょっとくらいええやんけ」と囁きはじめたので中身を全部捨てる。
 倉知淳『壷中の天国』(角川書店)を読了。これは満足。ミステリーのテーマやガジェットはわりと好き嫌いがはっきりしているのだが、ミッシング・リンクは好みだしこの理屈は十分OK。また、怪文書と殺人がかなりダークでいい。伏線も含めて「依存」の作者が絶賛するのはよくわかるような気がする。なお、私は途中で突拍子もない推理を思いついたんですけど、まったく的外れでした。


[10月18日]
 とりあえず今月中の締切をクリアしておきたいので、「メフィスト」の連載の原稿を早々と送る。執筆に戻るも肩慣らし程度。代わりに長篇Cのリニューアル準備に着手。
 昼はバターを使っていない食パンとプレーンヨーグルト、夜はカップ麺のきつねうどんから断腸の思いで油揚げを取り除いて食す。同じ食い物の話題でも西澤日記とはずいぶん違うなあ。


[10月19日]
 いちおう食事制限が解けたので一週間ぶりに主食の蕎麦を食べる。ただ、どうも胃が縮んでいるらしく、ざるそば一枚を持て余し気味。身長を120も下回る体重になると頬骨や骨盤などに違和感が生じるのだが。
 禁酒期間につき夜が長いので、この機会に資料用の本(楽しみも入ってるけど)を消化。ハンス・H・ホーフシュテッター『象徴主義と世紀末芸術』(美術出版社)は種村季弘の初期訳書の一つ。琴線に触れる図版満載で細部も面白い。ことによると、私の中の一人はサンボリストなのかも。付録の文献資料集も充実。とくに次のくだりが印象に残る。
「サンボリスム小説を解釈するには一筋縄ではいかない。見たところでは異質と思われる諸要素がここではおたがいに関連しているのである。ときには一人の異常な人物が、彼自身の幻覚や気質のために異様なものとなっているいくつかのサークルのなかを動き回る。こうした異化のうちに比類なく現実なものがあるのである」(ジャン・モレアス「サンボリスム宣言」より)。
 養老孟司+布施英利『解剖の時間 瞬間と永遠の描画史』(哲学書房)は階差的思考と輪郭的思考の対比がスリリング。ただ、たまにあることだけど、これから書く小説じゃなくてすでに渡した作品の参考資料だった。谷川渥『鏡と皮膚 芸術のミュトロギア』(ポーラ文化研究所)ではパルミジャニーノに関する部分と最後のアジテーションかな。『蘆屋家の崩壊』の隣に並べてみると同じ銀文字できれいです。


[10月20日]
 禁酒最終日。酒がないと眠れない体質で365日のべつまくなしに呑んでたから、この一週間は実に辛かった。仕事のほうは、長篇Aがやっと50枚をクリア。難しいからピッチが上がらない。
 菊地秀行『魔界医師メフィスト 怪屋敷』(講談社ノベルス)、『放浪獣』(KSS出版)、『影人狩り』(ジョイ・ノベルス)では「メフィスト怪屋敷」がベスト。ことにモノクロ怪奇映画の雰囲気が惻々と漂う冒頭がいい。やはりツカミは重要だな。


[10月21日]
 今晩から禁酒が解けるので、勝手知ったる谷中の安売り酒店に赴き、ちょいと張りこんでレミーマルタンとフォアローゼズ黒を購入。川むらで蕎麦を食べたあと、千駄木の古本屋と名刺屋、さらに西日暮里を回って帰宅。四つ前の住居まですべて徒歩圏だから領地みたいなものである。
 長篇Bも50枚をクリア。今度は日常からゆっくり立ち上げているから比較的順調。もっとも吸血鬼の日常だけど。


[10月22日]
 酒が飲めるようになって寝られるかと思いきや、睡眠一時間で中途半端に目が覚めてしまう。禁酒のおかげですっかりリズムが崩れてしまった。胃腸にはまだ違和感が残ってるし体重は戻らないし、完全復調は来週に持ち越し。愚痴ばかりで恐縮です。
 引き続き資料を消化。マックス・ミルネール『ファンタスマゴリア 光学と幻想文学』(ありな書房)は分析がかなり高度。ラカンが入ってくると私にはちと難しい。結びで紹介されているジャン・ベルマン=ノエルの二つの概念、幻想性(ファンタスマチック)と夢幻性(ファンタスマゴリック)は目からウロコが落ちた。同じく結びで「形而上学のすべての体系は、わかりやすいモデルを求めようとして、幾何学と力学に根拠を置いている。しかし、いまにいたるまで光学からは十分な利益を引きだしているようには見えない」というラカンの言葉が引用されていますが、この主語を「ミステリー」に置き換えても文章が成立するのではないかと思います。イーフー・トゥアン『愛と支配の博物誌 ペットの王宮・奇型の庭園』(工作舎)は相変わらずの博覧強記ぶり。なるほど、自然地理学と人文(歴史)地理学だけじゃなくて記述的心理地理学なんてものもあるんですね。俳句に詠まれている自然はデフォルメされたものだし、支配欲というキイワードでカバーできる領域は存外に広いかも。ここから愛が欠落すると権力への意志になるんだろうな。笹間良彦『怪異・きつね百物語』(雄山閣)は情報量が豊富で重宝だった。
 さて、長らくお待たせしましたシンシア・アスキス他『淑やかな悪夢 英米女流怪談集』(東京創元社・1900円)の見本が届きました。近日発売です。共訳書につき個人献本はしておりませんので、ご興味のある方はよろしく。ラインナップは次のとおりです。
 シンシア・アスキス「追われる女」西崎憲訳
 メアリ・E・ウィルキンズ−フリーマン「空地」倉阪鬼一郎訳
 アメリア・B・エドワーズ「告解室にて」倉阪鬼一郎訳
 シャーロット・パーキンズ・ギルマン「黄色い壁紙」西崎憲訳
 パメラ・ハンスフォード・ジョンソン「名誉の幽霊」南條竹則訳
 メイ・シンクレア「証拠の性質」南條竹則訳
 ディルク夫人「蛇岩」西崎憲訳
 メアリ・E・ブラッドン「冷たい抱擁」倉阪鬼一郎訳
 E&H・ヘロン「荒地道の事件」西崎憲訳
 マージョリー・ボウエン「故障」倉阪鬼一郎訳
 キャサリン・マンスフィールド「郊外の妖精物語」西崎憲訳
 リデル夫人「宿無しサンディ」倉阪鬼一郎訳
 訳者鼎談
[10月23日]
 翻訳、長篇A・B、短篇A・Bをちびちびと進める。余裕はあるけど、短篇の第一稿を優先したほうがいいかも。
シンシア・アスキス他『淑やかな悪夢』(東京創元社)の拙訳以外の作品を読了。やはりギルマン「黄色い壁紙」が断然ベスト。原文で読んだときも怖かったけど、翻訳でも十分怖い。訳者の西崎さんが鼎談で述べていますが、確かに改行の仕方が怖いな。ギルマンは生涯にたった一作だけ書いた怪談で斯界に名をとどめている稀有な人なのですが、これは掛け値なしの傑作です。アスキス「追われる女」は筋が丸わかりですけど、そこがかえって心地いい。ジョンソン「名誉の幽霊」における幽霊の造形ぶりも印象に残る。


[10月24日]
 どうも睡眠障害ぎみで朝の四時に目が覚める。仕方なく五時から仕事、短篇Bを最後まで書く。いちばん急がない仕事なんだけど。夕方は西日暮里で名刺の受け取り。久々に真緑の名刺を作ってしまった。谷中のやぶで蕎麦を食して帰宅。
 南條竹則『蛇女の伝説 「白蛇伝」を追って東へ西へ』(平凡社新書)を読了。おお、南條さんが急に働きだしたぞ(笑)。学はむやみにあるから、こういう新書は向いてるかも(『ドリトル先生の英国』文春新書も出てます)。とにかく幻想文学会には博覧強記の人物が多く、いろんな本は読んでるけど体系的に蓄積されない頭の私などはいたって学のないほうです。それでいて飲み会ではハゲの話とかなんだから、つくづく変なサークルだったかも。なお、本書は例によってジョイ・ウォンに捧げられています。私もジェシカ・ハーパーに捧げてみようかしら。


[10月25日]
 今日は久々に社会復帰モード。まず五時に日暮里ルノアールで祥伝社のK藤さんと打ち合わせ、『文字禍の館』(祥伝社文庫・400円)の見本を受け取る。これも装幀が凝っています。なお、あとがきは書いておりませんので、不用意に後ろのほうから開けないようにお願いします。当初、著者近影は覆面ヴァージョンだったんですけど、顔出しに変更になりました(この眠そうな写りなら覆面のほうがよかったかも)。肩から生えているように見えるものが何かわからない方は、同時発売の西澤保彦さんの『なつこ、孤島に囚われ。』を読むと疑問が氷解するという凝った仕掛けになっています(笑)。
 七時から上野の東京文化会館でドルバッキー姉妹さんとコンサートを聴く。メインはメロス弦楽四重奏団のシューベルト「死と乙女」。これは好きな曲でCDを持っているのだが、月並みながらやはり生演奏はいいな。ロータス・カルテットのメンデルスゾーンも女性の弦楽四重奏団に合っていてよかった。最後のハイドンの弦楽八重奏曲はやや退屈だったかも。まだクラシックファンと言えるほどの蓄積は全然ないのですが、この機会に書きますと、モーツァルトやショパンは耳に心地いいものの私にはちょっと軽すぎるし、逆にワーグナーやマーラーは押しつけがましくて基本的にダメ。好きな作曲家はドビュッシー、シベリウス、バッハ、ブラームス、最後に小声でドヴォルザークを付け加えておきます。シベリウスの交響楽は全部聴いたんですけど、四番がいちばん好きかも。いったい何が始まったかと思うくらい暗くて親和します。その後は近場のビアホール、半月ぶりに飲んだビールは実にうまかった。では、秘書と代わります。
 みなさん、こんにちは。黒猫のぬいぐるみのミーコ姫です。ミーコはお鈴がついてるのでいい子にしてました。そうそう、体がわるかったコラットのみどりちゃんがはじめてのおでかけをしました。でも、いきなりロビーでお客さんに笑われちゃってへこんでました。みどりちゃん、元気だすんだよ。というわけで、おつかれさまでした。おしまい。


[10月26日]
 相変わらずの睡眠障害モード。長篇A・Bを進めたものの、このところなかなか十枚に達せず。
 田中啓文『異形家の食卓』(集英社)を読了。まさか一冊十五分で読めるとは……って、もちろん三つの書き下ろし掌篇以外は全部初出で読んでいるせいですが。思わず笑ったのは広告で、『忌まわしい匣』と『ブラッド』しか載っていない。これは邪悪3点セットなのかしら? 本棚の目立つところにこの三冊が並んでいて、おまけにベタベタ付箋が貼ってあったりしたら厭だな。「小説すばる」に書評を執筆した皆川博子『ジャムの真昼』(集英社)も届きました。実に美しい装幀です。久世光彦っぽい大きめの造りもいい。やはり書物はかくあるべし。


[10月27日]
 短篇Aを最後まで書く。まだかなり余裕があるから、しばらく寝かせてからじっくり手を入れることにしよう。長篇Cのリニューアル準備も完了。こちらの始動は来月から。
 徳間書店のK地さんから電話、先日渡した「サイト」は幸いすんなり通ったらしい。長篇はいつもリニューアルを覚悟してるんだけど、初稿で通ればその分あとの予定が多少なりとも楽になるから助かるな。ただ、ラインナップの具合があるので刊行月は未定です。ということは、今度は某氏とカップリングだろうか?
 別宮貞徳『続誤訳迷訳欠陥翻訳』『悪いのは翻訳だ』(いずれも文藝春秋)を読了。これで欠陥翻訳時評シリーズは完読したはず。読者の興味を引きそうなところだけ採り上げますと、前者の「対談 翻訳を考える」で平井呈一の話題が出ています。これより以前に別宮氏は平井訳サッカレーを絶賛、長々と引用しているのですが、村上氏は確かに名訳だがやり過ぎではないかと疑義を呈しています。このムードなら固有名詞が「千住」や「お駒」じゃなければしっくり来ないという意見は一理あるし、うまいことを言うなと思った。


[10月28日]
 あまりにも進んでいないので、午前中は翻訳と決める。ただ、原文はさほど難解ではないもののヒュー・ウォルポールはsubtle系の作家だから、それでもあまり進まず。午後は長篇A、台割りでは四分の一に達したのだが、このペースだと250枚で終わってしまうではないか。各パーツを少しずつ増量していかねば。
 体重が51キロ台に回復、頬骨が痛くて寝られないという事態は脱した。なにぶん心身ともに絶好調という日がかねてよりほとんどないので、正当な比較は難しいのだが、たぶんこれで完調なのだろう。ご心配をおかけしました。


[10月29日]
 そろそろアンケートが来はじめたため、今週は国内作品を消化。もっとも15冊もあると個別にコメントを書く気力がわかないので、とりあえず書名のみ。恩田陸『ネバーランド』(集英社)、柴田よしき『桜さがし』(集英社)『PINK』(双葉社)、鯨統一郎『千年紀末古事記伝ONOGORO』(ハルキ文庫)、小森健太朗『駒場の七つの迷宮』(カッパ・ノベルス)、柄刀一『アリア系銀河鉄道』(講談社ノベルス)。加門七海『大江山幻鬼行』、小池真理子『蔵の中』、菊地秀行『四季舞い』、西澤保彦『なつこ、孤島に囚われ。』、近藤史恵『この島でいちばん高いところ』、歌野晶午『生存者、一名』、山之口洋『0番目の男』、小林泰三『奇憶』、北川歩実『嗅覚異常』(以上、祥伝社文庫)。本格アンケートは4位まですんなり挙がったのに5位で迷ってるんですけど、『アリア系銀河鉄道』は有力候補かも。「言語と密室のコンポジション」は私の狭いツボに来てくれた。「探偵の匣」のラストも好み。『奇憶』はいやに地味だなと思いきや、いきなりショゴス二号(笑)。なるほど、こういう話でしたか。『生存者、一名』は相変わらず丁寧な仕事ぶり。
 しかし、結構読んだけど今週は資料方面に手が回らなかったし、読書に関しては常にフラストレーションが溜まっている状態。いや、もちろん仕事が優先なんですが。
[10月30日]
 迷っていても仕方がないから二種類のアンケートを投函したあと、五時より日暮里ルノアールで講談社のA元さんと打ち合わせ、まだ急がない「メフィスト」のゲラを受け取る。その後は近くの料理屋で食事。例によって、とてもエンターテインメントの作家とその担当編集者とは思えない会話である。またゲラが重なったため、帰宅後はまじめに「首のない鳥」の再校ゲラを見る。自分の小説はハッと目が覚めるような展開にならないからつらいな。


[10月31日]
 なんとなく不安で夜中に目が覚めて寝られなかったのだが、予定通り十一時に御茶ノ水の東京都がん検診センターに赴き、手術の結果説明を聞く。切除したポリープの一部がガン化していたという話を聞いて一瞬うろたえたけれども、説明によると幸い粘膜部分にとどまっており、手術による除去によって完治したらしい。そうか、初期の大腸ガンだったのか。危ないところだったな。半年後の検査で異常がなければ年一回の検診で済むし、食生活などもふだんどおりでいいようだ。ほっとしました。
 その後、神保町へ赴き、快気祝いとばかりに趣味と資料の中間みたいな本を3万円以上バカバカ買う。当分読めそうもないので主な書名を記すと、『バルトルシャイティス著作集2 アナモルフォーズ』『同4 鏡』(国書刊行会)、フレッド・ゲティングス『オカルトの図像学』(青土社)、P・D・ウスペンスキー『ターシャム・オルガヌム』(コスモス・ライブラリー)、シオラン『思想の黄昏』(紀伊國屋書店)、佐藤忠良ほか『遠近法の精神史』(平凡社)、高山宏『綺想の饗宴』(青土社)、谷川渥『バロックの本箱』(北宋社)『図説だまし絵』(河出書房新社)、並河洋/楚山勇『クラゲガイドブック』(TBSブリタニカ)。とりあえず『クラゲガイドブック』を読もう。