[5月1日]
 五時より高田馬場で藤原編集室さんと打ち合わせ、ヒュー・ウォルポール『銀の仮面』9本分の原稿とFDを渡す。刊行は秋の予定です。今日も頭痛がひどくて途中で薬を買って嚥んだのだが、原稿を渡したとたんに嘘のように治まった。薬が効いただけかもしれないけど。終了後は歌千代で好物の野菜天せいろを食し、黒服を買って帰宅。


[5月2日]
 四時に新橋の徳間書店に赴き、「公募ガイド」のインタビュー。編集部へ行ったらなぜか星敬さんがいたので雑談。会議室に移動し、担当のK地さんも同席して一時間ほど『サイト』の新刊インタビューと写真撮影を行う。シルヴァーバーグ「内死」、ホドロフスキー「ホーリー・マウンテン」などの話をしたような気がするけど、あれでよかったのだろうか? それにしても、「この作品の売りは何でしょう?」と問われて作者・担当編集者ともに絶句してしまう小説って珍しいかも。掲載は7月号の予定です。終了後はO野さんを交えて雑談……をしていたはずだが、なんとなく成り行きでまた面妖な仕事を引き受けてしまう。かくして一年中同時進行モードになってしまうわけだ。その後、近くの蕎麦居酒屋で打ち上げ。印刷会社時代のカレンダー担当の営業さんがK地さんのいとこだったことが判明。世間は狭いな。あとはワセミスの話など。私はよくワセミスOBと間違われるのですが、まあ無理もないか。八時半に終了、帰宅してから一時間ほど爆睡。
 ささやかなシンクロニシティですが、井上雅彦編・異形ミュージアム2・メタ怪談傑作選『物語の魔の物語』(徳間文庫)が届きました。拙作「猟奇者ふたたび」が収録されています。再録アンソロジー(もはや定着しているので使用)への収録はこれが初めてのような気がする。


[5月3〜4日]
 ミーコ姫とペンギンのフリジッド・バルドーを連れてSFセミナーに出かける。本会の最初から参加。1コマ目は出演・池上永一「レキオス、翔ぶ」。これを聴けただけでほぼOK。長い物語を勢いで書ける人は資質が違うな。原稿と一緒にお散歩する気持ちはわからないでもないけど(笑)。ろみひーとサマンサ(GO-BAND'Sの「サマンサ」と関係あるのかどうか気になっているのだが)が暴走していたらしいカット部分は読んでみたいものだ。堅い話はほとんどなかったけど、マジック・リアリズムのくだりは興味深かった。私はマジック・リアリズムとマニエリスムの融合は可能かなどと勝手なことを考えてました。2コマ目は「アンソロジーの新世紀」。高校時代から克明なノートをつけていたという中村融さんの話を聞いてアンソロジストの属性なるものについて考える。英米の怪奇短篇を鬼のように読んでいたころは私もメモをつけてました。3コマ目は「SFにおけるトランスジェンダー」。レジュメには「フェミニズムの帝国」「楕円の鏡」などの懐かしいタイトルが。トランスジェンダーSFと男女トリックの融合は可能かとか……どうも職業病だな。4コマ目は出演・瀬名秀明「『SF』とのファースト・コンタクト」。立て板に水の話術がひたすらうらやましかった。個人的に発見したキーワードは「シームレス」。これはジャンル論で使えるかも。喫茶店でサンドイッチを食べてから合宿会場のふたき旅館へ。まず「『ヨコジュンのハチャハチャ青春記』ライヴ版」に顔を出したあと、ロビーでひとしきり雑談。3コマ目は「瀬名秀明先生のSFに対するアンビバレントな思いを聞いて」に参加、成り行きでホラー・プロパーから発言する。今年はただの客の予定だったのだが、4コマ目の突発企画「徳間の部屋」に引っ張り出される。パネラーは徳間書店のO野さん、今日は始まるまで殊勝に禁酒していた浅暮三文さん、東京創元社のK浜さんと早川書房のS澤さんも参加、出版構造などのディープな話題が飛び交う。結局、二時スタートで終了が五時、二コマ分もやってしまった。その後オークションを少し見物してから抜け、タクシーで六時ごろ帰宅。では、秘書猫です。
 みなさん、こんにちは。黒猫のぬいぐるみのミーコ姫です。ミーコはたくさんのおともだちにあそんでもらいました。次はSF大会のぬいぐるみの部屋でおあいいたしましょう。おわり。


[5月5日]
 例年どおりゴールデンウィークはSFセミナーで終わったので仕事。翻訳、長篇B、短篇A、連載を進める。前にも書いたけど翻訳脳と小説脳は違うから切り替えが難しい。早く小説に専念したいものだ。


[5月6日]
 読書メモです。小説は泡坂妻夫『奇術探偵曾我佳城全集』(講談社)のみ。小説以外は読了順に瀬名秀明・太田成男『ミトコンドリアと生きる』(角川oneテーマ21)、桜井章一『無敗の手順』(竹書房)、横田順彌『横田順彌のハチャハチャ青春記』(東京書籍)、モーリス・ブランショ『文学空間』(現代思潮新社)。『文学空間』はとりあえず参考文献として使えそう。そういえば、ルネ・ジラールの七百ページの大冊も途中で止まっているのだった。
[5月7日]
 わざわざカタログを取り寄せたキネマ倶楽部「日本映画傑作全集」に初めてオーダーを出す。ラインナップは「亡霊怪猫屋敷」「女吸血鬼」(以上、中川信夫監督)、「怪猫謎の三味線」(鈴木澄子主演)、「シナの夜(蘇州夜曲)」(李香蘭主演)、「憧れのハワイ航路」(岡晴夫主演)。一本6800円もするのだが、怪奇映画と懐メロ映画、二つもツボがあるからあと十本くらい買ってしまいそうだ。


[5月8日]
 翻訳の十本目の第一稿が完了。いよいよ残り一本。ボリュームのある翻訳はキャパ的に当分無理なので、これが終わったら「幻想文学」の不定期連載「英米百鬼譚」に絞る予定です。


[5月9日]
 翻訳・長篇B・短篇A・連載(もう一つ暗号のミスが判明して暗然)を少しずつ進め、夜はまた長篇Aを読み返す。書き下ろし長篇は交互に壁が立ちはだかる感じでトンネルの出口が見えない。長篇Bは初めてのイラスト・タイアップ小説につき、少々山っ気を出して未来の学園物にしてみたのだが、私が書くと結局こうなってしまうのか。うーん。


[5月10日]
 バスの栓の交換が終わる。短気を起こしたおかげで余計な出費になってしまった。連載がようやく軌道に乗りはじめる。ただし、脳細胞を石臼で挽いて蕎麦を打っているような気分。


[5月11日]
 昨晩はやけにヘリコプターが飛んでたなと思ったら、浅草のレッサーパンダ帽女子大生殺しの犯人が捕まったらしい。浅草に土地勘のあるぬいぐるみ愛好者で女子大生を惨殺する話を書いている、なんとなく三拍子そろってるから捕まってほっとしました。
 さて、『ワンダーランドin大青山』(集英社)の仮綴本が届きました。書店と書評家用に配布するレア物で、実物は6月5日発売です。


[5月12日]
 ミーコ姫などのぬいぐるみを連れて七時半より新小岩の「梅の花」、水庭美食倶楽部の豆腐オフに参加する。早めに着いたので初めての新小岩を散策、北千住を小ぶりにしたような感じでこういう猥雑な雰囲気の町はわりと好みかも。コースは梅の花膳で、部長の化け狐さん、元締めの高瀬美恵さんなど13名が参加。噂だけは聞いていた店ですが、大変結構でした。ことに嶺岡豆腐と豆乳アイスが美味。時間が遅かったのでカラオケもなく十時に解散。では、秘書猫です。
 黒猫のぬいぐるみのミーコ姫です。ミーコはモデルなので床の間でお写真をとってもらいました。ボブとかいろいろむずかしいお話をききました。おとなの世界はなんかいだにゃとおもいました。おわり。


[5月13日]
 読書メモです。小説は井上雅彦編『物語の魔の物語』(徳間文庫)のみ、現在は山田正紀『ミステリ・オペラ』(早川書房)を繙読中。小説以外は読了順に山崎一夫・西原理恵子『カモネギ白書』(角川文庫)、福島章『殺人と犯罪の深層心理』(講談社+α文庫)、『布石小事典』(日本棋院)、最相葉月『青いバラ』(小学館)、鳴戸奈菜句集『微笑』(毎日新聞社)。
[5月14日]
 勤め人を辞めて久しいのに月曜日はどうも憂鬱で調子が悪いのだが、「憧れのハワイ航路」(昭25)を観たら急に元気になった。謳い文句は「ハワイへ続く遥かな海……望郷の想いに寄せる甘美の調べ! 岡晴夫と美空ひばりが声もかれよと歌ひまくる流麗音楽映画!」、マイナーな曲が多いし古川緑波と花菱アチャコが脇でいい味を出してるし、大変満足でした。これは近江俊郎主演「湯の町エレジー」などの懐メロ映画も買わずばなるまい。


[5月15日]
 エッセイを送付し、翻訳・短篇A・連載を進める。なかなか長篇に戻れない。三人くらいに分裂しないだろうか。したら困るけど。


[5月16日]
 例によって翻訳・短篇A・長篇B・長篇Aを少しずつ進め、夜は初期短篇選集の推敲に戻る。
 さて、「青春と読書」6月号が届きました。「ワンダーランドの舞台裏」という『ワンダーランドin大青山』の前宣伝エッセイを寄稿しています。同誌には広告も含めてたくさん顔写真が載っていますが、猫と一緒に写っているのは稲垣吾郎と私だけでしたね。どうでもいい話だな。


[5月17日]
 山田正紀『ミステリ・オペラ』(早川書房)を読了。個人的には今年のベストワン候補。魅力的なメタ構造、黙忌一郎の検閲図書館などの細部に言及しているとキリがないので強引にまとめると、読書中に常に連想していたのは曼陀羅。ミステリーのガジェットは内側の円(個々の円は完結して解ける)、その外側に繰り返し強調される平行世界が大きな円として存在し、小円群との主述関係においてまた別種のミステリー性が付与される……と思いこんでいたら意外な伏線が張られていて仰天。十章の途中で目が点になりました。もちろんそこで終わるのではなく、いかにも『エイダ』の作者らしく、またオペラの構造とも呼応してエピローグではより大きな物語に高まっていく。この音楽的なラストはアナログにハードルがあるので読者を選ぶかもしれませんが、個人的には(好みが偏っているという自覚症状は十二分にあるのでむやみに使ってますけど)これしかないという感じ。作品を音楽的に構築して閉じるのは私も『四重奏 Quartet』で試みているのですが(第一ヴァイオリンのおかげでチェロがかすんでしまったような気も)、壮大なオペラと不協和音の多い四重奏とではずいぶん曲調が違いますね。とにかく耽能しました。


[5月18日]
 ミーコ姫を連れて六時に神保町。『屍船』『首のない鳥』『サイト』の装画を描いてくださったアリアドネさん、いまは亡き神保町の「ダンウィッチ」に通っていたという奇妙愛博士(ともに初対面)、櫻井管理人と待ち合わせ、いづもそばで会食。明日から検診の食事制限だから蕎麦は当分食べられないのである。ネット関連の話など九時まで歓談。やはりMacを買わねば。では、秘書猫です。
 みなさん、こんにちは。黒猫のぬいぐるみのミーコ姫です。ミーコはアリアさんのたれぱんださんとあそびました。最近どこへいってもおともだちがいるからうれしいです。おつかれさまでした。おわり。


[5月19日]
 翻訳(追いこみ)、短篇A(後半の山場へ)、連載の最終回(まだ序盤)を進める。長篇には手が回らず。食事制限一日目の献立は、朝がコーヒーのみ、昼は薬味なしのざるうどんとゆで卵、夜はごはんと薬味なしの冷や奴でした。ひもじくなったら黒飴をなめてます。


[5月20日]
 その後の読了本は、大槻茂『そば』(透土社)、『名店案内そば店100』(柴田書店)、『私のヰタ・セクスアリス1』(河出文庫)、春日武彦『不幸になりたがる人たち』(文春新書)。春日武彦はアンリアル系小説読みも要注目。
[5月21日]
 翻訳の最後の一篇「死の恐怖」の第一稿を仕上げ、プリントアウト。ちょっと焦ったから粗いかもしれないけど、とりあえずテキストがなくなる。これでようやく小説に専念できそうだ。検診の前日につき禁酒。今日の献立は、朝はコーヒーのみ、昼は蜂蜜を塗った食パンとゆで卵、夜は玉子豆腐と木綿豆腐でした。
 中川信夫監督・天知茂主演「女吸血鬼」(昭34)をビデオで観る。おお、明智小五郎(井上梅次監督のシリーズですが)のルーツはここにあったのか。女吸血鬼ならぬ狼男吸血鬼、ケレン味たっぷりの演出で満足。それにしても、天知茂はつくづくマニエリスティックな役者だな。


[5月22日]
 今日は大腸内視鏡検査につき、七時半に起床。下剤入りの1.8リットルの水を飲み、一時前に干物状態で御茶ノ水の東京都がん検診センターへ。もう何度も経験しているから慣れたものである。例によってモニターで腸の内部の様子を見ていたのだが、手術の跡はほとんど見分けがつかなくなっていた。正式な結果説明は来週だけど、ドクターは完璧だと言っていたから大丈夫だろう。ほっとしました。細胞の採取がなかったから食事制限も明日から解除。


[5月23日]
 翻訳の残り二篇とあとがきをメール。これで一つ区切りがついた。続いて短篇Aの第一稿を仕上げてプリントアウト。勢いで短篇Bも起稿する。


[5月24日]
 長篇Bがようやく百枚をクリア。このペースは遅すぎるのだが、専念できるのは七月か。鬱陶しくなってきたので散髪、やっと常態に戻ったから夜は久々に蕎麦を食す。


[5月25日]
 長篇B、連載、長篇Aを進める。少し調子が出てきた。夜は初期短篇集の推敲。昔の文章は粗が目立つので原稿段階からかなり手を入れています。


[5月26日]
 区長選挙の宣伝カーが頻繁に「最後のお願い」に来て仕事を妨害する。主張はどうあれ政治は大嫌いで一度も投票などしたことがないから、ひたすら迷惑である。上から水でもかけたい気分。
 連載はいよいよ正念場へ。原稿料と印税を二重にいただけるのだから読者サービスをせねばと思って書きはじめたのだが、私の場合はサービスすればするほど読者のリストラにつながってしまうような気も。何も考えないほうがいいのかもしれない。
[5月27日]
 読書メモです。読了順に小説は朝松健『完本黒衣伝説』(早川書房)、田中啓文『禍記』(徳間書店)。来年は伝奇ホラーの予定があるのですが、『禍記』巻末の「伝奇原理主義宣言」に従って書いてみるかな。とりあえず亀の資料を集めなければ。小説以外はルネ・ジラール『世の初めから隠されていること』(法政大学出版局)、広坂朋信『東京怪談ディテクション』(希林館)、杉本清『三冠へ向かって視界よし』(日本文芸社)、高橋徹『13の暗号』(ヴォイス)。ジラールは思想的にはオプティミスティックで合わないけど、資料としては使えそう。
[5月28日]
 なんだか業界で話題になっているようなので、昨夜初めて「ラブストーリー」を見る。テレビの続き物のドラマを見るのは「あとは寝るだけ」か「俺はご先祖様」以来かも(いつの話やねん)。うーん、特殊小説家にはよくわからない世界でした。


[5月29日]
 初のユーモア・ファンタジー書き下ろし長篇『ワンダーランドin大青山』(集英社・1600円)の見本が届きました。著者・担当編集者・デザイナー、すべて『ブラッド』と同じなのですが、まるでジキルとハイドです(『サイト』と並べてもそんな感じになります)。発売は6月5日、よろしくお願いいたします。


[5月30日]
 どうもまた睡眠障害気味、おまけにすっかり頭痛持ちになってしまい調子が悪い。連載が累計400枚をクリア。最後の直線に入った感じかな。


[5月31日]
 十時に御茶ノ水の東京都がん検診センターに赴き、先週の内視鏡検査の結果説明を聞く。大腸に関してはノープロブレム、今後は二年に一度の検査でOKという太鼓判が出た。これでひとまず安心。その後、神保町で使うかどうかまだわからない資料を大量に買う。購入したのは、フィリップ・トーディ『タブーの事典』(原書房)、ロラン・バルト『零度の文学』(現代思潮社)、ジャネット・グリーソン、南條竹則訳『マイセン』(集英社)、ジュディス・スペンサー『ジェニーのなかの400人』(早川書房)、戸部民夫『神秘の道具日本編』(新紀元社)、樋口守『ミドリガメの飼い方』(創芸社)、徳永卓也『カメの医・食・住』(どうぶつ出版)、橋川卓也『人類は核戦争で一度滅んだ』(学研)、安斎育郎『不思議現象の正体を見破る』(KAWADE夢新書)、相羽秋夫『落語入門百科』(弘文出版)など。私はいったい何を書こうとしているのだろう?