[8月1日]
 先月の執筆枚数は215枚、稼働日数26日、一日平均は8.3枚でした。長篇Bが先に完成したのでC以下を繰り上げます。A(ホラーミステリー)、B(ホラー)、C(ミステリー)、D(伝奇ホラー)、E(ホラーノワール)、F(歴史物)です。同じ傾向のものが並行モードになるとつらいし書いていて面白くもないので、いろいろとバランスを考えてはいるんですけど。
[8月2日]
 長篇Aが300枚をクリア。あと200枚くらいで終わるのだが。新長篇Bはプロローグを破棄して頭から起稿し直す。書き下ろし長篇に関してはここまで年内に仕上げて渡す予定。
[8月3日]
 長篇A・連載・短篇・長篇Bを少しずつ進める。連載はやっと10枚。この作品はスタイルを変えてベタベタ書いてるし(まだ3回しか改行していない)、大長篇の発端だし、なかなか前へ進まないな。
[8月4日]
 どうも出歩く気がしないので引きこもりモード。世界陸上の男子マラソンを見たあと、長篇A→連載→長篇A→連載。ある小説に流れが来ているのに無理に次へ移ると脳が抵抗してちっとも進まなかったりするのは同時進行の難しいところ。
[8月5日]
 読書メモです。小説は読了順に伊島りすと『ジュリエット』(角川書店)、片瀬二郎『スリル』(エニックス)、黒武洋『そして粛清の扉を』(新潮社)、三津田信三『ホラー作家の棲む家』(講談社ノベルス)。大賞三作では断然『ジュリエット』、とにかく文章が肌に合う。かなり前から主張しているのですが、これでソラリスがホラーだったことが証明……はされないか。『ホラー作家の棲む家』は二重三重のメタ構造、英米怪奇小説の濃い蘊蓄、映画はアルジェント、幽霊屋敷とドールハウス、まるで私の狭いツボを狙ったかのような作品。帯に「三津田信三よ、貴君はこの世の人間か」とありますが、この世のものではない証拠に『百物語の百怪』の百話目の最後に現れています(笑)。小説以外は高島鎮雄『クラシックカメラ倶楽部』(小学館)、土屋賢二『猫とロボットとモーツァルト 哲学論集』(勁草書房)。後者を参考文献にすればいろいろと変なミステリーが書けるかも。
[8月6日]
 脳の引き出しに鍵が掛かって開かないので休養。本を読んだり鬼束ちひろのCDを繰り返し聴いたりしてだらだら過ごす。


[8月7日]
 引き出しが開き、中に入っていた錆びた万年筆をゆるゆると取り出して仕事再開。夜は本日届いたヒュー・ウォルポール『銀の仮面』のゲラに着手。刊行は十月の予定です。


[8月8日]
 今日は二冊届いたのでご紹介。まず「メフィスト」には「十三の黒い椅子」最終回、約120枚が掲載されています。暗号が間違っていたところをこそっと直していたりするのがみっともないのですが(汗)。いずれハードカバーで刊行の予定です。もう一冊は秘書猫より。
 みなさん、こんにちは。黒猫のぬいぐるみのミーコ姫です。えっと、「マフィン」9月号がとどきました。ブックインタビューにでています。ミーコもお写真にうつってるよ。モノクロですが、とってもよくとれてます。ミーコのほうがカメラ目線だにゃ。


[8月9日]
 初期短篇選集『百物語異聞』(出版芸術社・ふしぎ文学館)のゲラも届く。来週は『BAD』のゲラも来るし、今年の夏休みもSF大会だけか。幕張のホテルでゲラ校正という最悪の事態は避けたいのだが。なお、『百物語異聞』は来月中旬刊行、装画は中嶋千裕画伯、帯は池波志乃さんです。
 今日は「週刊小説」8−24号が届きました。「ミステリー・ベスト10」(昨年の12月から今年の6月まで)に投票しているのですが、個人別は掲載されないのでここに書きます。
1.山田正紀「ミステリ・オペラ」(早川書房)
2.津原泰水「ペニス」(双葉社)
3.松浦寿輝「巴」(新書館)
4.秋里光彦「闇の司」(ハルキ・ホラー文庫)
5.殊能将之「黒い仏」(講談社ノベルス)
6.藤岡真「六色金神殺人事件」(徳間文庫)
7.小野不由美「黒祠の島」(祥伝社ノン・ノベル)
8.福澤徹三「怪の標本」(ハルキ・ホラー文庫)
9.大石圭「アンダー・ユア・ベッド」(角川ホラー文庫)
10.西澤保彦「迷亭論処」(祥伝社ノン・ノベル)
 締切までに読み得た範囲でなんとなく中心と周縁5議席ずつ、流れや組み合わせも考慮しながら選んでみました。2〜4位の流れは気に入ってるんですけど、やはり大勢には影響がなかった模様。


[8月10日]
 連載と短篇を少しずつ進める。連載の第一回と連作の最終話、ともにプレッシャーがかかるので思うように筆が進まないと首でもくくりたくなりますね(と書いてしまうと急に明るくなったりするのでご心配なきよう)。夜はゲラに専念。


[8月11日]
 世界陸上は司会と一部のアナウンサーのしゃべり方がカンに触るのであまり見ていませんが(そもそも余裕もないけど)、為末の銅メダルをライヴ映像で見られたのは収穫だった。まさかソマイリーに勝つとは。でも、個人的なMIPは女子一万メートルのラドクリフだったりする。


[8月12日]
 読書メモです。小説は読了順に菊地秀行『妖魔城』(カッパ・ノベルス)、『媚獄王』(ノン・ノベル)、『ブルー・ランナー』(ジョイ・ノベルス)、。『拳獣団』(ソノラマ文庫)、柴田よしき『宙都 第一之書 美しき民の伝説』(トクマ・ノベルス)、『ゆきの山荘の惨劇』『消える密室の殺人』(以上、角川文庫)。お二人ともどうしてこんなに書けるのだろう? 同じ時期に専業作家に転向した恩田陸さんも加え、ひたすら驚異。私はいまだに一日のレコードが25枚なのですが、10枚書けたら祝杯を挙げてるようでは一生更新は無理か。小説以外は、酒井健『ゴシックとは何か』、和泉雅人『迷宮学入門』(以上、講談社現代新書)、稲村博『「嵐の乙女」シンドローム』(ネスコ)、香山リカ『テクノスタルジア 死とメディアの精神医学』(青土社)、宮田登『ケガレの民俗誌 差別の文化的要因』(人文書院)、渡辺哲夫『死と狂気−死者の発見』(筑摩書房)。『死と狂気』は図書館本ですが、いずれ購入してベタベタ付箋を貼りたい著作。それにしても、図書館へ徒歩二分の場所に越して正解だった。
[8月13日]
 連載・長篇Aを進め、夜はゲラ。長篇Aは350枚をクリア。時が流れる、歪んだ館がぐらぐら揺れる。どうも月曜は調子悪いな。
 世界陸上の女子マラソンはアナウンサーがひたすらうるさいので途中から音声を消して見てました。言葉のない世界は美しいなと思った。


[8月14日]
 また脳の引き出しがロックされて小説が進まないためゲラに専念。世間はお盆休みですかそうですか。


[8月15日]
 秘書猫のミーコ姫です。とうとうゲラが3さつになったので、おまえも見ろとクラニーせんせいがいいます。でも、ミーコはむずかしい漢字をぜんぶひらがなにしちゃうからダメだよ。
 というわけで、やはり幕張のホテルでもゲラ校正の模様(泣)。


[8月16日]
『百物語異聞』のあとがきと著訳書リストをファックスし、ゲラを返送。連載などを進めたあと今度は「BAD」のゲラに着手。


[8月17日]
 ミーコ姫とぬいぐるみ軍団を連れて三時ごろ幕張グリーンタワーに到着。夕方までゲラを進めてから千葉へ。なにぶん出無精だから千葉は初めて(弟は千葉大の先生なのに)。モノレールに乗るのは何年ぶりだろうか。やむくもに歩いても見つからないのが蕎麦屋で、やむなく千葉パルコの和食屋で天ざるセットを食べて幕張に戻る。釈然としないからグルメビルの船橋屋という蕎麦屋できのこおろしそばも食す。ウチの近所の蕎麦屋と同じメニューがあったので狐につままれたような気分。薬膳黒五そばは三河島長生庵のオリジナルじゃなかったのか。ホテルに戻ってからはゲラの続き。


[8月18日]
 SF大会初日。サプリメントまでピルケースに入れてきたのに愚かにも眠り薬を忘れてしまい、睡眠不足で調子悪し。ホテルを出たものの道に迷ってうろうろしていると水玉螢之丞さんに会う。コンサートもあるからおしゃれな人はそちらに、そうでない人はSF大会にという流れになっているらしい。なるほど一目瞭然で滞りなく会場に着く。オープニングライヴのあと、まず「SF/ミステリの今」(綾辻行人・西澤保彦・森博嗣・山田正紀・大森望)を聞く。私のポジションから見ると本格SFと本格ミステリのセンスは近く感じられるのですが、山田正紀さんのようにどちらも手がけている方にとっては両者は全然違うといったあたりの話が興味深かった。二コマ目はパスしてそじ坊でざるそば定食、タニグチリウイチさんと喫煙所でしばらくまったりと過ごす。田中啓文バンドのリハーサルを聴いてから「瀬名秀明、SFとのセカンドコンタクト」へ。会場では瀬名さんが自腹を切って作成した「講演資料SFセミナー2001」が配布される。私はローテクなので初めて会場で読み、自分の発言が引用されていることに気づく。主要四ジャンルにおけるセンスオブワンダーの違いというテーマは優に一冊分になるでしょう(書くとは言ってませんが)。私は九十九匹をあまり相手にしていない一匹系の人だし、作家は作品をもってジャンルに貢献するのが本筋だと思うから経営論にもさほど興味はなかったりするもので、率直に言って瀬名さんのスタンスはいまひとつ感覚的にわからなかったりします。ポジションは違うけど野尻抱介さんのほうに近いかも。パネルの内容はいずれWeb公開されるようですが、半ば予想どおりバトルにはならず。むしろ次の「トランスジャンル作家パネル」(席順は大森望・瀬名秀明・高野史緒・津原泰水・小林泰三)のほうがそこはかとなく邪悪だった。椅子が一つ余っているのが最初から気になっていたのでわるものの挑発には乗らず。三つのパネルを通じて一回もスペキュレイティヴ・フィクションという言葉が使われなかったのはちょっと寂しかったかな。もはや死語なのでしょうか。なお、小林さんのハードカバーの帯にSFという言葉が使用されたという話題が何度も出ていたから便乗宣伝しますと、ホテルでゲラを見ていた「BAD」の帯には〈近未来SFミステリホラー〉と入ります。三つ入っているのは前例がないと思うんですけど。では、次は秘書猫がご報告します。
 えっと、ミーコ姫です。ミーコはネックレスでおめかしして「ぬいぐるみと語る部屋」に参加しました。三毛猫のミミちゃん、オウムのジャバーくん、モモンガのモモちゃんもでました。モモちゃんの「ぱあ」はほうぼうでウケてました。「ぬいぐるみは知的生命体か」というテーマで、ゲストは新井素子さん、大和真也さん、クラニーです。とちゅうから早見裕司さんもみえました。でも、反対意見がでなかったので「ぬいぐるみは生きている」とすぐ結論がでておわってしまいました。えすえふ大会でいちばん平和なぎろんだったとおもいます。あとはおともだちといっしょにあそびました。ヘビさん、いもむしさん、大きなクマさんなど、去年よりかわったぬいさんがたくさんいてたのしかったです。おわり。
 終了後はホテルにすぐ戻って早めに就寝。


[8月19日]
 SF大会二日目。夜中に目が覚めたけど初日よりは回復。今日もレポートは秘書猫から。
 ミーコはメイドさんのコスプレをしていきました。とってもこうひょうでした。まず「ぬいぐるみ参加者の部屋」にでました。お写真をとったりしてあそびました。西澤のおじちゃんがきてあそんでくれました。人間のみなさんはたれぱんだにふうせんをたくさんつけてあそんでました。ぬいさんと引そつのみなさん、どうもおつかれさまでした。会場でかわいがってくださったかたがた、ありがとうございました。またあそんでね。おしまい。
 その後は相も変わらぬ芸風の「三人のゴーストハンター」を見たあと二時から森奈津子さん、高野史緒さん、カルテット方面の人々などとともに合同サイン会。やはりSFでは認知度が低いような気がする。いや、どこへ行っても身の置きどころがないんですけど。エンディングを待たず、関西組を中心にニューオータニのラウンジでお茶。田中啓文さん、皆川ゆかさんと伝奇関係の話などいろいろ。四時半ごろ解散、私は逆方向の千葉へ。千葉そごうで神田やぶそばの支店を発見、天もりを食して一昨日のリベンジを果たしてから京成で七時ごろ日暮里に帰宅。


[8月20日]
 朝から「BAD」のゲラの最終チェックをして返送。執筆を再開し、夜は「銀の仮面」のゲラに戻る。
 本来なら読書メモですが、ゲラ地獄のため一冊も完読なし。本読みが本を読めないと暴れたくなりますね。
[8月21日]
 連載・短篇・長篇Aを進め、夜はゲラ。連載はそろそろ追いこみなのだが、相変わらず一日2枚ずつしか進まず。


[8月22日]
 どれもピッチ上がらず。唐突ですが、マジックリアリズムと言えば南方系ですけど、北方のマジックリアリズムなるものもあってしかるべきではないかと思ったりします。私は北方系の幸薄い作品が好きなので(アンナ・カヴァンとか)、連載はそちらのテイストで書くつもりなのですが当分は霧の中。


[8月23日]
 連載がやっと40枚、短篇は25枚に達する。ロバート・エイクマンやシャーリー・ジャクスンが消えていった袋小路は私の心のふるさとの一つかも。夜はゲラの追いこみ。


[8月24日]
「銀の仮面」のゲラを返送したあと、二時より神保町で講談社のA元さんと打ち合わせ。「メフィスト」の連載が完結した「十三の黒い椅子」は凝った本になりそうで楽しみ。刊行は十一月の予定です。これで今年は小説6冊、翻訳1冊の計7冊で確定。我ながら律義な仕事ぶりだ。その後は久々に本の買い出し。購入したのはバッグから出てきた順にG・K・チェスタトン『棒大なる針小』(春秋社)、増川宏一『盤上遊戯』(法政大学出版局)、アルノ・グリューン『「正常さ」という病い』(青土社)、リー・スモーリン『宇宙は自ら進化した ダーウィンから量子重力理論へ』(NHK出版)、永井均『〈私〉の存在の比類なさ』『〈魂〉に対する態度』(以上、勁草書房)、中島義道『私の嫌いな10の言葉』(新潮社)『「哲学実技」のすすめ』(角川oneテーマ)『哲学の道場』(ちくま新書)、合田一道・友成純一『北の幽霊、南の怨霊』(同朋舎)、前川道介訳『独逸怪奇小説集成』(国書刊行会)。『独逸怪奇小説集成』は待望の刊行。とても美しい本です。私も晩年に「英米怪奇小説集成」を出したいものですが、「幻想文学」が届いて初めて不定期連載のことを思い出しているようでは道は遠いか。ゲラもなくなったし束の間の夏休みモード、夜は鈴本演芸場へ。トリのさん喬の「幾代餅」は耽能しました。ほかにも飛び入りで円歌が出てきたし、落語は百面相や踊りの余興つきでやたらサービスがよかった。いい日に当たったかも。


[8月25日]
 夏休みは昨日だけで仕事。ただし、連載は2枚しか書けず。どうもこれはアンチロマンのような気がするのだが、あまり考えるのはよそう。


[8月26日]
 読書メモです。小説はG・K・チェスタトン『四人の申し分なき重罪人』(国書刊行会)のみ。この邦訳刊行は今年の事件の一つでしょう。やや唐突ですが、チェスタトンを読むと奇妙な立体が残ります。たいていのミステリーはリニアかつ平面的で、優れた作品なら謎解きの瞬間に垂直な棒が伸びて世界がピシピシと割れたりするのですが、その球体感覚とも違う。チェスタトンは余人には使えないマジックでいつのまにか立体を作ってしまう。第二話はモルグ街、第三話はメエルシュトレエムとポオの影が見えますけど、ポオ以降のミステリーのリニアな流れとは全然違うところに反応している。こんな作品が書けるのならカトリックに改宗するのも悪くないなと思ったりするのですが、そういう不純な動機だと説教臭が加味されるだけで何のプラスにもならなかったりして。小説以外は永井均『〈私〉のメタフィジックス』(勁草書房)のみ。連載の担当さんが「哲学しながら書きなさい」と言うので勉強しました。「死の衝動」を巡る部分は心地よかったけど、もっと時間感覚めいたものに洗われれば……もはや哲学じゃなくて詩になってしまうかも。私はデジタルとアナログという言い回しをよく使うのですが、その文脈だと生の衝動と死の衝動に置換できるんじゃないかな。
[8月27日]
 先週末に届いた「小説推理」の予告を見たら私の新連載がいちばん大きな字で載っていたので指名手配でも受けたような気分。『死の影』をコンビニで見たときと同じような限りなく悪夢に近い居心地の悪さも。というわけでプレッシャーを感じつつ連載の追いこみ。
 刊行予定ですが、また週刊クラニーになってしまいそうです。9月第二週末が『百物語異聞』(出版芸術社)、第三週末が『BAD』(エニックス)の予定です。どちらも日程がタイトで結局再校はなし、初期短篇選集は初校の赤字が多かったからもう一度見たかったのだが。


[8月28日]
 連載第一回の第一稿53枚が完成。百枚以上書いたような気分。今週はゲラがないので夜は読書に専念。


[8月29日]
 今日は短篇をとりあえず最後まで書く。やっと山を越えそう。あとはずいぶん引きずっている長篇Aが完成すれば次のサイクルに移れるかな。夜は連載の推敲。


[8月30日]
 連載を仕上げ、長篇B・Aを進める。特記事項なし。


[8月31日]
 連載をメールし、短篇の第一稿を仕上げる。献本リストも作成。元版のリストから取捨選択してお送りしているのですが、遺漏や不義理もあろうかと存じます。献本分は著者買い取りのところが多いから上限を設定せざるをえないし、不幸の手紙みたいな内容の作品もあったりするので迷いだすとキリがないですね。
 今月の執筆枚数はジャスト200枚、稼働日数25日、一日平均は8枚ちょうどでした。これくらいのペースがベストかも。