12.1
 アンケート送付→長篇B→中篇→長篇A→短篇Bを起稿。では、今週の秘書猫です。
 みなさん、こんにちは。黒猫のぬいぐるみのミーコ姫です。こんしゅうもパーティにでました。お出かけばかりでちょっとつかれましたが、みんなかわいがってくれたのでよかったにゃ。おわり。
 

[今週のBGM]カリンニコフ「交響曲第1番&第2番」ヤルヴィ指揮/ロイヤル・スコティッシュ・ナショナル管弦楽団
 カリンニコフは34歳で夭折した薄倖の作曲家で作品数が少なく、交響曲もこの二つだけなのですが、1番は間違いなく名曲。メロディアスなところはチャイコフスキーを彷彿させます。目についたら買っていずれ聴き比べてみよう。その他のCDベスト3は、「クライスラー名曲集」シェリング(vn)、ムソルグスキー/ラヴェル編曲「展覧会の絵」他 チェリビダッケ指揮/ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団、ショパン「ワルツ集」リパッティ(pf)でした。
 

[読書メモ]
(小説)J・L・ボルヘス/牛島信明訳「ボルヘスとわたし」(ちくま文庫、文庫版で再読)
 再読のベスト3は「アレフ」「円環の廃墟」「不死の人びと」、ひょっとしたら初読と変わっていないかも。今回ことに印象に残ったのは「円環の廃墟」の「人体のうす暗がりのなかに揺らいでいる、まだ顔も性もない拳大の暗紅色をしたもの」(p64)、これはアレフと重なるような気もするのだが、さて。
(小説以外)養老孟司「身体の文学史」(新潮文庫)、中島義道「戦う哲学者のウィーン愛憎」(角川文庫)、佐木隆三「少女監禁」(青春出版社)、トマス・ネーゲル/永井均訳「コウモリであるとはどのようなことか」(勁草書房)、奥田昭則「母と神童 五嶋節物語」(小学館)、小田孝治・三好英輔写真「日本の技」(メトロポリタン出版)。
「〈子ども〉のための哲学」の著者でもある訳者によると、「コウモリであるとはどのようなことか」は大人のための哲学書。どうも私は子どものための哲学(の一部)しか受けつけないらしく、ずいぶん難儀をした。ことに「優先政策」だの「平等」だのを含む第二部はつらく、社会性の無さを痛感させられた(あまり反省してないけど)。表題論文も前半はすこぶるスぺキュレイティヴなのだが、何か違う方向へ行ってしまう。ベストは13章の「汎心論」、説明は面倒なので省きますが、思わず遊星からの物体Xを想起してしまった。引用は同章からこの部分。
「意識ある心的状態は、私のものであろうと異様な生きもののものであろうと、何ものかの実在的状態なのである」


12.2
 現在、長篇Aは約310枚、長篇Bは約330枚、どちらも年内完成の予定だったのだが、ふと気づくと残りひと月を切っているではないか。さすがにこれは無理そうなので、遅くとも来年の1月28日(誕生日)までには完成と下方修正します。すみません。早く次のサイクル(長篇D・E・F)へ移りたいのだが・・・。
 探偵小説研究会編「2004本格ミステリ・ベスト10」(原書房)が届きました。ランキングのあるアンケート界からは引退したため、近況・予定欄にのみ登板しています。
 

12.3
 三日連続で10枚書いたのでかなりへろへろ。一日40枚も書けたりする作家の存在は不思議なり。
 歳のせいか、このところそこはかとなくジェントル・ゴーストストーリーに凝っていたりするのですが、早い話が「泣かせは嫌いだけど幽霊が出てくればOK」なのです。本格ホラーの主たる構成要素は怖さではなくスーパーナチュラルだから、ジェントル・ゴーストストーリーも当然その内側のドーナツの周縁部に含まれると思うんだけど、そういった議論以前に用語の意味があまり通じていないような気がする。ちなみに「ジェントル・ゴーストストーリー」のGoogleヒット数はわずか47件、最も多いのがほかならぬこの日記で、その他もあきれるほど知り合いが多い。あまりにも認知度が低いから、心あるアンソロジストの方々、「一対の手 ジェントル・ゴーストストーリー名作集」とかどうでしょうね。


12.4
 今日は半休。まず西日暮里の美容院でカット&カラー、前回と同じ明るく爽やかな人格と作品をそのまま表したかのような(誰が言うてんねん)茶髪にしてから秋葉原へ。秘書猫用の新しい移動カバンを衝動買いし、長らく壊れていたPHSをやっと買い替える。三台目のAirH''だから今度こそちゃんと使うようにしよう。問題は持って出かける習慣がないことなのだが。その後は志な乃で知り合いの女性にバッタリ会う。ここのけんちんそばを薦めたのは私なんだけどタイミング良すぎ。続いて神田で取材。こんなところに幽霊を出すのかよと思いつつ、神田司町二丁目を散策。ここじゃなければならない理由があるので路地に至るまでくまなく歩き、神田北口のブックファーストで本を買って帰宅。
 

12.5
 近所の内科で血液の再検査。半月間チョコレートと卵とマヨネーズとアイスクリームを断って臨んだのだから、どうにか数値をクリアしてくれないものか。採血中に注射器を見まいと必死に顔を背けていたら看護婦さんに笑われる。あくまでも現実では、私は血を見るのがいたって苦手なのです。
 ハード懐メロ的にはバリバリの若手だったバーブ佐竹が死去。追悼にひとくさり。あなただけはと信じつつ、恋におぼれてしまったの・・・。
 

12.6
 短篇B→長篇A→長篇B→長篇Cの最終仕上げ。深夜はAirH''の設定、初めて着メロのダウンロードを試みる。電話をかけてチャイコフスキーが流れたところで終了。城卓矢の「骨まで愛して」とどちらにするか迷ったのだが。
 

12.7
 福岡国際マラソンを観る。三重・上野工出身で箱根駅伝でも鳴らしたホンダの野田選手が一般参加ながら32kmでいったん先頭に立つ。ほんの一瞬の見せ場でしたが、2時間10分を切って9位は大健闘でしょう。レースは大本命の高岡選手が終盤に失速、いつも後半にバテていた国近選手が優勝。本番はどうかと思いますけど、男前だからよしとしましょう。
 さて、Weird Worldは今日で五周年のようです。いったい何枚書いたのかしら。えらい勢いで書きだしてもすぐ止まってしまう某氏(とくに名を秘す)とは対照的に日記を書くのは苦にならない性分なので、今後もたらたらと続きます。というわけで、六年目もよろしくです。
 

12.8
 長篇Cが350枚をクリア。マラソン物だから全体を421.95枚にするというアイデアがふと浮かんだのだが、そういう疲れるだけの無駄な仕掛けはやめておこう(誰も気づいてくれない「無言劇」の仕掛けで懲りたし)。では、今週の秘書猫です。
 みなさん、こんにちは。黒猫のぬいぐるみのミーコ姫です。こんしゅうは、クラニーせんせいといっしょにバレエのビデオをみてれんしゅうしました。ミーコはちょっと足がみじかいので、しっぽでごまかしました。でも、バレリーナはむりそうだにゃ。
 

[今週のBGM]ブルックナー「交響曲全集(11枚組)」ティントナー指揮/ロイヤル・スコティッシュ管弦楽団他
 習作の0番と00番だけ未聴だったので全集で頭から。50歳を超えてから初めてフルオーケストラを振ったティントナーは地味なキャリアを積み重ね、80歳近くになってようやくブルックナー指揮者として脚光を浴びる。だが、それは晩年のほんの一瞬で、ベランダから転落死して生涯を終える。これはもう一世一代のボックスなのだが、指揮者はあまり前面に出ない。音楽はひたすら渋く自然に流れていく。4番と7番はことに美しくて心が洗われます。


[読書メモ]
(小説)関戸克己「小説・読書生活」(国書刊行会)。
「小説・読書生活」はひどく懐かしい感触のある幻想小説集。懐かしいと言っても話が古いのではなく、どの作品にも私小説的要素が配合されており、なおかつ幻想質に似ているところがなくもないので私がそう感じるだけかもしれない。短篇のベスト「猫が嗅いだ匂い」は内田百間(誤字)を彷彿させる夢魔の手触りとノンシャランスの配合ぶりが絶妙。中篇のベスト「生きている渦巻き」は、いかにも据わりは悪いがとても好きな話。この渦巻きは私にも見えるような気がする。表題作は意欲的な実験作なんだけど、やや言葉の凝縮度が足りないかもしれない(ル・クレジオならこうは書かないだろうといった勝手な不満なのだが)。それにしても、自分より少し若くてもはやこの世にいない作者の作品を読むのは何とも言えないものがありますね。合掌。
(小説以外)李元淑/藤本敏和訳「世界がおまえたちの舞台だ」(中央公論社)、石井英夫・杉全泰写真「わたしが逢った職人たち」(ミオシン出版)、蜂巣敦・山本真人写真「殺人現場を歩く」(ミリオン出版)、中村うさぎ・岩井志麻子・森奈津子「最後のY談」(二見書房)、200CDヴァイオリン編纂委員会編「200CDヴァイオリン」(立風書房)、鎌田東二「神道のスピリチュアリティ」(作品社)、立花隆「宇宙からの帰還」(中公文庫)。
 評論・エッセイ集「神道のスピリチュアリティ」には著者の作詞・作曲・歌唱による神道ソングのオリジナルCDが付いている。収録曲は「弁才天讃歌」「神」「ぼくの観世音菩薩」「銀河鉄道の夜」「月山讃歌」など。二十代のころは同人誌がらみで付き合いがあった方なのですが、相変わらずと言うか何と言うか。恐る恐る聴いてみたところ、むちゃむちゃ単純なフォークが多くて思わず爆笑してしまった(歌唱は能天気な小椋佳という感じ)。どう間違ってもヒットチャートには入らないと思うので、物好きな方はぜひ。しかし、こういう楽しい企画に接すると自分もやってみたくなりますね。「不可解な事件」所収の「一本道の殺意」の挿入歌には曲がついてるし、「便所男」のテーマとか「ぼくは淋しい吸血鬼」とか曲数に不足はないから(惜しむらくは譜面が書けないのだが)、作者の邪悪な歌声がふんだんに入ったオリジナルCD付きのホラーとかいかがなものでしょう。


12.9
 長篇Cの最終仕上げを完了してFD作成。ふう、長かった。夕方はあまり土地鑑のない四谷へ。目についた蕎麦屋をハシゴしてから周りに何もない紀尾井ホール、ミケランジェロ・カルテットのコンサートを聴く。世界的なヴィオラ奏者の今井信子さんを中心に結成されたばかりのカルテットで、東京では初公演、私好みのプログラムだったから聴きに行った次第。前半のハイライトはショスタコーヴィチの8番、「これでやっと自分の葬式に流す曲ができた」と作曲者が喜んだと伝えられる暗い曲でとても好きなのだが、気合が入った演奏で非常に良かった。それまでは肝心なところで大きな咳をしたり物を落としたりする間抜けな客がいたんだけど、観客も集中、拍手がわくまでの長い張りつめた静寂が心地よかったです。後半はこれもむちゃくちゃ好きなドヴォルザークの12番「アメリカ」、ドヴォルザークの第二楽章と言えば「新世界より」の「家路」が有名ですが、こちらの第二楽章のほうが絶対にいいと思う。満足して十時ごろ帰宅。
 

12.10
 エッセイの下書き了→短篇B→長篇A→中篇→長篇B。長篇Aも350枚をクリア。
 ダブル1位の記念にちょっとこの話題を。「『葉桜』は本格推理ではない」であればいたって正しいと思うのだが、「『葉桜』は本格ミステリーではない」というのは「ラファティは(科学的整合性がないから)SFではない」と主張するようなものじゃないかしら。「ラファティはハードSFではない」なら、これまたいたって正しいのだが。要は簡単な集合の問題だと思います(ミステリー⊃本格ミステリー⊃本格推理もしくはSF⊃本格SF⊃ハードSFという三重構造の同心円を考えてみるとわかりやすいかも)。
 

12.11
 近所の内科で血液再検査の結果を聞く。摂生の甲斐あって今度はノープロブレム。それにしても、チョコレートを断っただけで血糖値が30も下がるとは。校閲プロダクション時代からボックス入りのチョコレートをバリバリ食べる習慣があったので糖尿病の宣告を覚悟してたんだけど、これでほっとひと息。コレステロールも正常値に突入。こちらは一日一個以上は食べていた卵の量を減らせばいいらしい。蕎麦が主食だから健康的な食生活を送っていると思いこんでいたのだが、どうも大きな錯覚だったようだ。
 

12.12
 三時に日暮里ルノアールで双葉社のH野さんと打ち合わせ、「The End」(双葉社・2100円+税)の見本を受け取る。幻想的掲示板にも書きましたが、オブジェのような美本です。18日には都内のおもだった書店に並ぶ予定です。入魂の一冊なのでよろしくお願いいたします。
 

12.13
 ゆうべは見本出来に興奮して寝つきが悪く不調。厳冬に備え、夕方はムートン調敷きパッドなるものを購入。ワインレッドだから秘書猫を寝かせるといい感じ。仮眠後、テレビ東京の「おまかせ料理のうまい店」という番組を漫然と観ていたら、行ったことがある幡ヶ谷のチャイナハウスが紹介されていた。ほどなく「ただの常連」としてあたかも当然のように南條さんが映り、悠然と質問に答えていたので笑ってしまう。元気そうでしたな。
 

12.14
 長篇Aが追いこみモードに入る。年内に最後まで書けそうな雰囲気になってきた。夜は長篇Bの伏線のチェックを開始。
 

12.15
 今日は半休で池袋。まず今年いっぱいで閉店が決まっている西口の芳林堂書店池袋店へ。古くは「金羊毛」も置いてくれたし、いろいろと思い出のある店です(新卒のときに芳林堂書店を受けて面接で落ちたことは秘密だ)。続いてメイン、「虚無への供物」展を観にミステリー文学資料館へ足を運ぶ。だが、なんと閉まっているではないか。そうか、月曜は休館日だったのか(と言うより、今日は月曜だったのか)。うーん、またやってしまった。無駄足になるのは業腹なので、近所にあったお遊び写真機(ファッション雑誌のモデルになったり猫と一緒に写ったりするやつですね)で1500円も散財する。あほだ。その後はぶらぶら散歩しながら蕎麦ツアー、ここのつで重ね天せいろを食し、クラシックのCDを大量に買って帰宅。
 

12.16
 ようやく年賀状を買い、原版を修正する。あと半月しかないのか。では、今週の秘書猫です。
 みなさん、こんにちは。黒猫のぬいぐるみのミーコ姫です。こんしゅうは打ち合わせについていきました。きれいなご本ができたのでミーコもうれしいにゃ。でも、クラニーせんせいはミーコよりご本をなでてるんだよ。
 

[今週のBGM]チャイコフスキー「弦楽四重奏曲1・2・3番&フィレンツェの思い出(2枚組)」ボロディンQほか、「ピアノ協奏曲第1番/くるみ割り人形」アルゲリッチほか(pf)/アバド指揮/ベルリン・フィル、「交響曲第4番ほか」バーンスタイン指揮/ニューヨーク・フィル、「交響曲第6番『悲愴』」チェリビダッケ指揮/ミュンヘン・フィル
 今週はチャイコフスキー特集です。全三曲の弦楽四重奏曲では3番の暗鬱な第三楽章が印象的。それにしてもこのカルテットはうまいな。弦楽六重奏曲「フィレンツェの思い出」はチャイコフスキーらしい名曲。どこがフィレンツェやねんというツッコミも入るところだが(ロシアから一歩も出ていないような感じなり)。アルゲリッチの「ピアノ協奏曲第1番」のライヴ盤はとにかく迫力があります。定盤。巨匠の晩年の録音は決してバランスがいいとは言えないんだけど、時として死それ自体が奏でているかのような音が響きます。その他のベストCDは、シベリウス「海の精たち他」ヴァンスカ指揮/ラハティ交響楽団でした。これはレア曲満載で耽能。


[読書メモ]
(小説)アンナ・カヴァン/千葉薫訳「ジュリアとバズーカ」(サンリオSF文庫、再読)、遠藤徹「姉飼」(角川書店)、朱川湊人「白い部屋で月の歌を」、保科昌彦「相続人」(以上、角川ホラー文庫)。
 やはりアンナ・カヴァンはいいなあ・・・。似たような話ばかりなのは事実なんだけど(「氷」とかぶっている作品もある)、オブセッションおよび作家性の然らしめるところにより、どうしてもそうなってしまう作者には共感を覚えてしまう。むろんその共通低音と言うべきものが聞こえるからこそ共感が発動するわけで、とにかくアンナ・カヴァンの幸薄さには胸が詰まります。ベスト5は掲載順に「以前の住所」「霧」「クラリータ」「山の上高く」「ジュリアとバズーカ」。
 続いてホラー大賞関係を消化。大賞の「姉飼」は土俗ならぬ人工土俗、これは「楢山節考」と「榧ノ木祭り」ほど違う(わかりにくいか)。「本の旅人」12月号の鼎談で先にいろいろ言われているので書きづらいのですが、地名の使い方とかやはり筒井康隆の匂いがします。学者臭を強引に脂などで全部消してしまった力技。短編賞「白い部屋で月の歌を」は鉗子のイメージが鮮烈。併録作の鉄柱もそうですが、オブジェ感覚に優れた作者ですね。長編賞の「相続人」は普通によくできたエンターテインメント。
 ついでに「本の旅人」の鼎談に少し触れると、「『ジュリエット』こそじつは本格ホラー」という項目があるのですが、この至極まっとうな見解がどうも一般には浸透していないようです。ホラー⊃本格ホラーという図を考えると(また始まったぞ)、外側の大きなホラー全体に塗られている基本色は「恐怖」ですが、内側の本格ホラーの色は「スーパーナチュラル」なのです。「怖さ」などという各人によって違うものが核であると考えるからなにかと混乱するんですね(SFの「センス・オブ・ワンダー」も似たようなところがあるかも)。ここでちょっと寄り道ですが、ミステリー(いちばん大きな円)の基本色はやや悩ましいところがあるんですけど、犯罪小説の淵源は本格より古いから「犯罪」が基本色たる条件を満たしていると考えられるでしょう。この基本色には濃淡があります。本格推理(いちばん内側の円)のなかにも基本色の薄いところがある。例えば日常の謎派がそうですね。本格ホラーにおけるジェントル・ゴーストストーリーも構造的には同じで、恐怖という基本色が薄い部分なのです。要するに、「『ジュリエット』は怖くないからホラーじゃない」というのは「日常の謎派(の一部の作品)は犯罪が起きないから本格ではない」と主張するようなもので、個人的には的外れだと思うのですが。・・・大森荘蔵の「重ね描き」からふと思いついたこの基本色理論はわりと使えそうな気がするんだけど、どうかなあ。
(小説以外)志麻永幸「愛犬家連続殺人」(角川文庫)、土屋賢二「ソクラテスの口説き方」(文春文庫)、青沼陽一郎「池袋通り魔との往復書簡」(小学館文庫)、永六輔「職人と語る」(小学館文庫)、「江戸川乱歩リファレンスブック3 江戸川乱歩著書目録」(名張市立図書館)、江國滋「おい癌め酌みかはさうぜ秋の酒 江國滋闘病日記」(新潮社)、都筑道夫「死体を無事に消すまで」(晶文社、再読)、「旨いそばが食べたい」(旭屋出版)、倉阪秀史「エコロジカルな経済学」(ちくま新書)、石井宏「帝王から音楽マフィアまで」(学研M文庫)。
「愛犬家連続殺人」はただの犯罪ノンフィクション然としていますが、著者は死体遺棄の共犯者、かなり毒性が強いのでご注意を。労作「江戸川乱歩著書目録」は造本・レイアウトともに洗練の極み。露訳と仏訳は多いのに英訳が少ないのは少々意外でした。「江國滋闘病日記」は文士魂(死語か)に打たれるけれども、同じ境遇になったら療養俳句じゃなくて幻想句ばかり作りたいとも思ったり。「死体を無事に消すまで」は急遽選んだ追悼読書。表芸のミステリーばかりでなく、日本で最も多く怪談を書いた作家・翻訳家・編集者・アンソロジスト等、亡き氏の多彩な貌が窺える好エッセイ集です。久生十蘭・大坪砂男などの異色作家の復権にも多大なる功績があったことは本書を読めば一目瞭然。・・・合掌。
 最後に身内の宣伝ですが、「エコロジカルな経済学」はブラニーの二冊目の著書。担当のI島さんは時事通信社で「活字狂想曲」を手がけていただいた方、何の因果かクラブラ兄弟(逆にしてはいけない)を両方担当してしまったことになります。今回は黒猫のミーコが出てなかったな。


12.17
 年賀状の印刷を開始。快調に秘書猫が増殖しはじめたところでカラーインクが切れる。厭な予感がしたのだが・・・。
「新刊ニュース」1月号が届きました。アンケート特集「2003年印象に残った本」(今年読んだ本から選ぶ企画)に参加しています。国内小説・海外小説・その他から一冊ずつ選んでみました。ラインナップは下記の通りです。
1. J・M・G・ル・クレジオ「大洪水」
2. 福澤徹三「廃屋の幽霊」
3. 許光俊「世界最高のクラシック」
 うーん、よくわからない組み合わせだ。
 

12.18
 長篇Aが400枚をクリア、終章に入る。
「小説すばる」1月号が届きました。べつに何も書いてないんですけど、スペシャルグラビア「素晴らしき一夜 山本幸久氏、小説すばる新人賞受賞」の二次会の写真に秘書猫やグレさんとともに紛れこんでいます。あれは掲載用の写真だったのか・・・。写真といえば、浅暮三文とアグネス・チャンが目次で並んでいるのは実に面妖な光景なり。


12.19
 長篇Aの追いこみ。古書肆マルドロールから注文した古書が届く。ロートレアモンも再読のラインナップに加えようかな。
 

12.20
 長篇Aをとりあえずラストまで書く。431枚。なんだかぐったりしました。
 

12.21
 長篇Aを最後までプリントアウト。今日はお休みにして銀座へ。博品館でぬいぐるみ、山野楽器でクラシックのCDを買う。上野へ回り、薮そばで休憩後、カラーインクのカートリッジと黒服を調達して帰宅。
 途中で足を運んだ複数の書店で「The End」が出ていることを確認。交響曲第1番と銘打っているとおり読む音楽のつもりなので、指揮者(読者)に優れた解釈をしていただくのは作曲者冥利に尽きますね。ありがとうございます・・・と誰にともなく。
 

12.22
 年賀状の残りを印刷しながら短篇B改めAと長篇Bを進める。夜は長篇Aの推敲に着手。大きな穴が見つかったので修復。
 

12.23
 長篇Bも追い込みモードに入る。さすがにこれは年内にゴールまで到達しないか。
 

12.24
 クリスマスイヴなので意地になって仕事。では、今週の秘書猫です。
 みなさん、こんにちは。黒猫のぬいぐるみのミーコ姫です。こんしゅうは、いなかのおばあちゃんにせんせいのご本やおせいぼをおくりました。スプレーもしてもらいました。では、よいお年を。おわり。
 

[今週のBGM]サン=サーンス「交響曲全集(2枚組)」プレートル指揮/ウィーン交響楽団、リムスキー=コルサコフ「交響曲全集(2枚組)」スヴェトラーノフ指揮/ロシア国立交響楽団、メンデルスゾーン「交響曲全集(3枚組)」ドナホーニ指揮/ウィーン・フィル、ボロディン「交響曲全集(2枚組)」スヴェトラーノフ指揮/ロシア国立交響楽団
 粛々と交響曲をつぶしております。サン=サーンスは3番「オルガン付き」だけで充分。リムスキー=コルサコフはシンフォニストじゃないなあ。2番はわりといい曲なのだが、バレエ音楽に毛が生えたような感じ。メンデルスゾーンはスコットランドよりイタリアのほうがらしくていいかな。いちばん性に合ったのはボロディン、代表作の2番はもとより、没後にグラズノフが第2楽章まで完成させた3番「未完成」もかなりの名曲です。今週のその他のCDベスト3はオール・ヴァイオリンで、「愛の挨拶/夢のあとに ベスト・オブ・ヴァイオリン名曲」ヨゼフ・スーク、「悪魔のダンス」ギル・シャハム、「チゴルネルワイゼン ヴァイオリン名曲ア・ラ・カルト」イヴリー・ギトリスでした。スークの透明感あふれる音色はとても好み。技術系のシャハムは邪悪な曲ばかり集めた異色アルバム。ギトリスは「チゴルネルワイゼン」が嵌まってます。


[読書メモ]
(小説)芥川龍之介「河童・或阿呆の一生」(新潮文庫・三回目かな?)、田中啓文「忘却の船に流れは光」(早川書房)「陰陽師九郎判官」(集英社コバルト文庫)「邪馬台洞の研究」(講談社ノベルス)。
 芥川はちょいと必要あって再読。「歯車」は私がキープしましたので・・・と再び誰にともなく。ノンフィクションはわりと買って(借りて)すぐ読むほうなのだが、小説の未読本が山をなしていて収拾がつかない。そこで、再読モードと並行し、今週から不定期で作家特集やレーベル特集を設けて減らしにかかることにしました。一回目は田中啓文特集。「忘却の船に流れは光」は好きなタイプのSFで、なおかつ「BAD」の作者の琴線に触れる部分がある(これ以上は書けません)。あとがきには変化球とありますが、これは力の入った高速スライダー、厳密には外れているのに球の勢いでアンパイアが手を上げてしまう魔球です。「陰陽師九郎判官」はもう少し読者層というものを考えたほうが・・・とデュアルにあれを書いた人が言いますか。「邪馬台洞の研究」を読んでいて駄洒落や言葉遊びはジャズにおけるラッパみたいなものではないかとふと思い当たり、目からウロコが落ちたような気がしたのだが、また貼り直したほうがいいかもしれない。
(小説以外)藤原正彦「心は孤独な数学者」(新潮社)、林完次「宙ノ名前」(光琳社出版)、梅津時比古「《セロ弾きのゴーシュ》の音楽論」(東京書籍)、諏訪内晶子「ヴァイオリンと翔る」(NHKライブラリー)、藤沢モト「勝負師の妻 囲碁棋士・藤沢秀行との五十年」(角川oneテーマ21)、木村義孝「華厳経を読む」(NHKライブラリー)、本の雑誌編集部編「活字探偵団増補版」、上野正彦「死体を語ろう」(以上、角川文庫)、本間ひろむ「指揮者の名盤」(平凡社新書)。
「心は孤独な数学者」はインドの天才数学者ラマヌジャンが印象深い。エリアーデの傑作「ダヤン」をふと思い浮かべたりしました。それにしても藤沢秀行はむちゃくちゃだなあ・・・。


12.25
 二年ぶりに住所録の改訂をしたあと、秘書猫をつれて出かける。三時半より神田まつやで双葉社のH野さんと「The End」の打ち上げ。知り合いの蕎麦食いのなかでいちばん好みがうるさい人なので、ここの蕎麦を70点とか言われたらどうしようかと思いましたが、「都内では最高」という最大級の評価だったからほっとひと息。ほんとに混みさえしなければ(相席のおじさんがミーコを見て驚いていた)まつやがベストです。続いて竹むらでお汁粉、入るのは初めてでしたが和風で落ち着く店です。くず餅が美味。さらにショパンでコーヒー。昔ながらの名曲喫茶でここも落ち着きます。今日は黄金コースだったな。最後に石丸電器でクラシックの輸入盤を大量に買って帰宅。お疲れさまでした。
 

12.26
 ふと気づくとPHSが見当たらない。部屋じゅう探しても出てこない。まつやに電話したら落とし物はないと言う。気になって仕事にならないので年賀状の宛名書きに専念し、夕方に投函。その後、H野さんに渡した包みに紛れこんでいたことが判明。たまに持って出たらこれだからなあ・・・。
 

12.27
 夕方から神保町。書店をチェックし、森英俊編「世界ミステリ作家事典[ハードボイルド・警察小説・サスペンス篇]」と石堂藍「ファンタジー・ブックガイド」(いずれも国書刊行会)を買ってから古典SF研究会の例会へ。顔を出すのは久々でしたが、まあいつものごとし。一次会のみで失礼して8時過ぎに帰宅。
 

12.28
 短篇Aと長篇Bを進め、夜は長篇Aの第一次推敲を完了。
 基本色理論の続きです。ミステリー(いちばん外側の円)の基本色は「犯罪」といったん考えたのですが、円が大きいジャンルだから「謎」と二色構えと考えたほうがしっくりくるかもしれない。内側の円に近づくにつれて「謎」の色が濃くなっていくといった感じでしょうか。二色のグラデーション、さまざまなサブジャンルの基本色、作家固有の色などを総合すると作品の座標と階調がある程度はわかるかもしれない。基本色理論で最も難しいのはファンタジーなのですが、これはまたいずれということで。なお、こういう鳥瞰図を考える際にジャンル経営論的な視点や特定のジャンルに対する過度な思い入れは夾雑物だと思います(オタク的視野狭窄に陥ると図が歪んでしまう)。「そんな見取図は必要ない、読んで楽しめればいい」と言われたら「ごもっとも」と引き下がるしかないんだけど・・・。
 

12.29
 長篇Bが400枚をクリア。夕方は浅草へ。並木の薮は行列、蕎上人は休業と空振りしてから十和田で目標の年間150食を達成する。うち新規開拓は33軒、蕎麦日記によるとベストは88点(新規開拓分のみ採点、80点以上が合格)で6店舗が並びました。ご参考までに記すと、萬盛庵(山形)、庄司屋(山形)、一茶庵本店(足利)、傘亭(高田馬場)、しながわ翁(品川)、無識庵越後屋(王子)です。来年は50軒開拓が目標。その後は本とCDを買い、取材を兼ねてひとしきり散策してから帰宅。
 

12.30
 仕事納め。短篇をもう少し追いこみたかったのだが、怪談は時間がかかるから仕方ないか。今月の執筆枚数は218枚(S標準)でした。その後は大掃除(のようなもの)を始めたものの根が続かず途中で断念。
 

12.31
 秘書猫をつれて帰省。名古屋から珍しく近鉄特急に乗ったのだが、昔のように伊賀神戸で停まってくれないので名張で下車して引き返す。面倒なり。あとは型通り紅白。
 みなさん、こんにちは。黒猫のぬいぐるみのミーコ姫です。こんしゅうは、まず打ち上げについていきました。おそばやさんに人がたくさんいたのでびっくりしました。いなかにはフェレットのフェレちゃんといっしょにかえりました。クラニーせんせいのめいのめいちゃんとあそびました。・・・らいしゅうにつづく。
 

[今週のBGM]「ジネット・ヌヴー初録音集&ヨーゼフ・ハシッド全録音集」、マニャール「交響曲全集1・2」オッソンス指揮/BBCスコティッシュ交響楽団、「ショーソン:交響曲/マニャール:交響曲第3番」アンセルメ指揮/スイス・ロマンド管弦楽団
 今週は非業の死を遂げた音楽家特集です。輸入盤の「ジネット・ヌヴー初録音集&ヨーゼフ・ハシッド全録音集」はまさにゴールデン・カップリング。ジネット・ヌヴーは演奏旅行中の飛行機事故のため30歳で夭折した伝説のヴァイオリニスト、高音・低音ともにとにかく響きが深いです。録音の古さをまったく感じさせない迫力。チョン・キョンファより凄いかも。ヨーゼフ・ハシッドについては前も書いたので説明は割愛しますが、やや陰にこもった美音と崩し気味に歌うところはいかにも不安定な天才。この9曲の小品が全録音なんですけど、ハイライトはアクロン「ヘブライの旋律」。大好きな曲なのでいろいろ聴いているのですが、間違いなくハシッドがベストです。マニャールは第一次世界大戦時、作曲中の山荘でドイツ兵に襲われ、草稿もろとも焼死したフランスの寡作な作曲家。4つの交響曲のうち1・2番は隔靴掻痒ですが、厳格なブルックナーの趣も少しある3・4番はいいです。さほどメロディアスじゃないからとっつきにくいかもしれないけど。自動車事故のため44歳で亡くなったショーソンとカップリングしたアンセルメ盤はお薦めです。今週のその他のCDベスト3は、ベートーヴェン「交響曲第7&8番」バティス指揮/メキシコ州立交響楽団、シベリウス「ヴァイオリン協奏曲他」イダ・ヘンデル(vn)/ベルグルンド指揮/ボーンマス交響楽団、「愛の歓び、メロディ、浜辺の歌/ヴィオラ・ブーケ」今井信子(va)でした。ベートーヴェンはあまり得手ではないのですが、交響曲では断然7番が好き。ラテンのノリで暴走気味に疾走するバティス&メキシコ州立響には思わず笑ってしまった。かなり爽快。


[読書メモ]
(小説)三津田信三「蛇棺葬」「百蛇堂」(以上、講談社ノベルス)。
 前作「作者不詳」で驚異のアクロバットを見せた著者の近作をようやく読了。前にも書いたような気がする前振りですが、ミステリーとホラーの融合といえばカーの傑作「火刑法廷」ですけど、この作品におけるホラーはあくまでも「理に落ちたホラー」であって、AがA'になっただけなのです。で、「火刑法廷」のコードはほかにもいろいろ作例があるし、似たようなものを書いても縮小再生産にしかならない。では、「火刑法廷」のその先に何があるかと言うと、まず見えるのは「理に落ちたホラー」ではなく「本格ホラー」を配合することなんですね。ホラージャパネスクと銘打たれているごとく、「蛇棺葬」はそのあたりが申し分ない。鬼ごっこや鳥居の描写などはぞくぞくします。また、本作は「火刑法廷」のネガとも言うべき比較的わかりやすい構造を有しており、本格プロパーの読者にもアピールしたのは充分にうなずけます。だが、それだけでは終わらない。「百蛇堂」は続篇ですが外枠、読んではいけない内枠に徐々に侵犯されて怪異が・・・という展開は言うまでもなくツボ、ことに書体替えが効果的です。「衝撃の結末」は作中で言及がある作品の〈あれ〉の方向かと思ったのですが、なるほど〈それ〉のほうでしたか。とにかく耽能しました。
(小説以外)新刊ニュース編集部・編「本屋でぼくの本を見た」「そして、作家になった。」(以上、メディアパル)、黒田恭一「水のように音楽を」(新潮社)、高井有一「作家の生き死」(角川書店)、藤原正彦「天才の栄光と挫折 数学者列伝」(新潮選書)、富田隆・山本一太「心に効くクラシック」(NHK出版生活人新書)、種村季弘「澁澤さん家で午後五時にお茶を」(学研M文庫)。
 誰も読まないかもしれませんが、高井有一は渋い名文家だと思います。