[98年12月上旬]



 [12月7日]
 サイト制作者のご厚意により、掲示板からこちらに引っ越してまいりました。内容は新刊・旧刊を問わない本をめぐる軽いエッセイです。また、何かトピックスがあったときのみ、身辺雑記的なことも書かせていただきます(ですから、日記というわけではありません)。更新はまったく不定期です。
 さて第一回は、やはり『このホラーが怖い! 99年版』(ぶんか社・700円)。話には聞いていたけど、まるで「このミス」(笑)、美空ひばり全盛時に「美空ひはり」が現れたというエピソードを思い出した(なお、友人の名誉のために記すと、東雅夫は助言をしただけで編集の実務にはまったくタッチしていないそうです)。
 まず、誤植の訂正をさせていただくと、海外部門の私の4位バリ・ウッド『地下室の亡霊』についてのコメントは、「4の解説は無粋の極み。これは前半の古風な道具立てがうれしいオーソドックスなホラーではないか!」です。変なところに「が」を入れたら文意が通じないじゃない。ちなみに、この村上貴史氏の解説については、東雅夫も「SFマガジン」であきれていたけれども、ちょっと問題があると思いましたね。文庫のジャンル分けがホラーで、内容も地味なホラーなのに、「一見ホラーだが、読みどころは別にある」と不可解な主張をしている。村上氏の言う「読みどころ」なるものは、ホラー・ファンにとっては夾雑物以外の何物でもないのだが。まあ畑違いの人を起用してしまったほうにも問題はあるだろうが、この解説のおかげで買わなかったホラー・ファンもいるかと思うと罪作りなことである。
 さてランキングだが、国内の3位になったのはうれしいけれども、「幻想文学」関係者が異様に多いし(笑)、素直に喜んでよいものか。泡沫候補が地盤でだけ得票したようなものだろう(そこまで卑下することはないか)。「妖都」は当然ベスト5、「レフトハンド」もベスト10に入ると思っていたので、ちょっと意外な結果だった。なお、「天使の囀り」がベスト20にも入っていないのは、アンケートの資料から漏れていたためです。入っていれば、私は5位に選びましたので、ひと言。
 海外部門は、何と言ってもエイクマンの1位が衝撃。風間賢二氏は1位の作品について「お上品なホラー・マニアを喜ばせた」といやに冷淡なことしか書いていないけれども、私と期待のホラー評論家中島晶也君はちゃんとリチャード・レイモンも選んでるじゃないの。
 映画部門は、てっきり「リング」が1位だと思って外したのだが、入れるべきだったかもしれない。ただ、「女優霊」もそうだが、最後に出してくるものが少し「ナマすぎる」ような気がする。
 夏来健次については、とくにコメントはありません(笑)。
 最後に、アンケートで自分の本や訳書を入れるのはやめましょう。みっともないと思わないのかなあ。



 [12月9日]
 今回は横山茂雄『異形のテクスト』(国書刊行会・2500円)のご紹介。
「英国ロマンティック・ノヴェルの系譜」という副題を持つ本書では、18世紀末から19世紀半ばに書かれた5つの小説が詳細に分析されています。ミステリーの話は全くないのですが、心あるミステリー評論家が読めば裨益されること大でしょう。
 ちなみに、私は「ミステリー」という表記を用いています。「ミステリ」にこだわる方の気持ちは重々わかるのですが、ホラーとミステリーをパラレルに考えているので、音引きを取るとすわりが悪いのですね(ホラーの音引きを取ったらホラになってしまうし)。
 さて、大ざっぱに見取図を示しますと、幻想文学とリアリズムの波は交互に現れるようです。本書に沿って言うと、「現実の生活と風俗を描く」という従来のリアリズム小説へのアンチテーゼとしてホレス・ウォルポールの『オトラント城奇譚』(国書刊行会・品切かな?)が現れ、ゴシック・ロマンスが呱々の声を上げたわけです。しかし、同じゴシック・ロマンス内でも、リアリズムからの揺れもどしがありました。一例を挙げれば、ラドクリフ夫人の『イタリアの惨劇』(国書刊行会・品切、古書値高し)は、超自然的要素が現れても最後には解明されるのです。まるで島田理論ですが、これはポオがミステリーを創始する以前の話です。(ちなみに、『イタリアの惨劇』はずっと昔から本棚にあるんだけど、まだ読んでない[ある種の多重人格者なので、文体がころころ変わります]。その上の棚では、レ・ファニュの『ワイルダーの手』(国書刊行会、宣伝してるんだから早く再版分の印税払えよな)が「いつになったら読んでくれるのかね」とばかりに見下ろしてるし、毎月Fantasy Centreから届く洋書は「君は最近、老後の楽しみと称しているようだが、老後がある保証はあるのかね」とささやくし……うう、みなさんごめんなさい、そのうち読みます[本に謝ってどうする])
 話を戻すと、要するに芭蕉以前にも俳句があったのと同じく、ポオ以前にも「ミステリー的なもの」は存在したのですよ。そういう土壌があったればこそ、ポオのミステリーが生まれたわけですね。
 で、ジャンルが爛熟してきますと(この場合はゴシック・ロマンスですが)、とんでもない作品が現れるわけです。本書で詳細に分析されているジェイムズ・ホッグ「義とされた罪人の手記と告白」です(邦訳名『悪の誘惑』またしても国書刊行会・品切、古書値高し。実は所有しておらず、「貴重な本だから、絶対返してねっ!」という条件付きで石堂藍から借りた)。これはポオが24歳のときの作品ですが、ある意味ではポオより凄い(むろん、退屈な部分もあるが)。なにしろ、コードを変えると現代物の野心的なメタ・ミステリーになるんですよ。発表当時は罵倒と黙殺で、一世紀後に真価がわかったというのも当然です。内容については、横山氏がすばらしい要約と分析をしているので譲りますが、国書から復刊してくれないかなあ。
 なお、ゴシック・ロマンスではM・G・ルイス(H・G・ルイスではない)の『マンク』(国書刊行会・3800円)がベストです。それから、ご本人は秘密にしているとおぼしいので伏せますが、横山茂雄は某カルト作家の本名です。そろそろ小説も書いてくれるとうれしいんだけど。
 日本の話に戻ると、「幻想文学とリアリズムの波」はミステリーにも当てはまります。松本清張の社会派は「お化け屋敷」へのアンチテーゼとして現れ(暗い短篇を読むと、松本清張もお化けの仲間なんですけど)、さらに華のない社会派への反発として新たなる波が生じ、現在はSFやホラーとミックスした本格作品までどんどん書かれているという、ざっとした見取図が引けるわけです。にもかかわらず、無理解な人々はおりまして、例えば今週の「サンデー毎日」を見ると、井家上隆幸氏がまるで今年は全く本格の収穫がなかった(書かれていなかった)かのように記している。こういうお年寄りは早く隠居してもらいたいですね。  話変わって、前回「夏来健次についてはコメントはない」と書きましたが、ありました(笑)。ホラーの刊行予定を見ると、恐ろしいことに、創元推理文庫から来春、ロバート・ブロック『サイコ』の新訳が夏来健次訳で出るそうです。うーん、怖いくらいのハマリ役だなあ。間違って訳者名がタイトルに変わっても通じてしまうのが怖い。



 [12月10日]
 今日は本が2冊届いた。
 まず、『江戸川乱歩リファレンスブック2 江戸川乱歩執筆年譜』(名張市立図書館・3000円、監修・平井隆太郎、中島河太郎。編集・中相作。協力・福井健太、畸人郷、岸野晋司、妹尾俊之など[恣意的な選出です])は、内容については協力者から紹介があるだろうから割愛するけれども、大変な労作。なお、編集人の中相作氏(第1回「幻想文学」新人賞佳作の宇井亜綺夫氏)は伊賀地方のタウン誌「どんぶらこ」(すいませんね、田舎者のネーミングで)に「乱歩文献打明け話」というエッセイを連載している。これが抱腹絶倒の怪エッセイ! 異様な芸風でとにかく読ませる。ぜひメジャー誌に転載してもらいたいところだが、率直に言って受け皿はないだろうから、データがあるのならやはりこのサイトかなあ(to 福井君)。
 もう一冊は、めでたく日本SF大賞特別賞を受賞した「異形コレクション」第8弾『月の物語』(廣済堂文庫・762円)。拙作「プレイルーム」も掲載されています。いままでのシリーズは全作読んでいるので、感想はまた後日。なお、井上雅彦さんは作品紹介で「『赤い額縁』が大ブレイク」と書いて下さっておりますが、これは申すまでもなく誇張でしょう。東雅夫は「自分の周囲でも評判がいいし、『このミス』のベスト入りはマジで期待できるのでは?」と調子のいいことを言っていたのだが、情報によると、蓋を開けてみたら投票してくださったのは大森さんと福井君の2人だけだったらしい(笑)。要するに、東氏の周囲の「濃い」人々と世間のあいだには大いなるギャップがあるということでしょうな。私は懐疑的な人間だから真に受けず、「それなら7点は入るかな」と控えめに期待していたのだが……。



 [12月11日]
 幽霊などの超常現象はまるで見ないけれども、シンクロニシティはしょっちゅうある。今年は小説でも続いてしまった。小林泰三さんの『密室・殺人』の帯を見て書店でフリーズしたと思ったら、今度は牧野修さんの『屍の王』(ぶんか社・1800円)が出た。
 編集に当たった東雅夫から「『きいちろう』という作家まで出てくる」という話を聞いていたのだが、まさか「鬼一郎」だとは思わなかった(東情報によると、鬼一郎は「ホラーウェイヴ」2号で復活するらしい)。「赤い額縁」が古地留記夫で「屍の王」が番場真莉緒というのは、かなり奇跡的なかぶり方だよなあ(ちなみに、マリオ・バーバの「血塗られた墓標」と「血みどろの入江」は必見です。それから、ルチオ・フルチは井上雅彦さんがルキオ・フルチと表記していたので踏襲していたのですが、「とくに根拠はない」というお話だったので、今後はルチオと書きます。「ビヨンド」「サンゲリア」「地獄の門」がベスト3)。
 そのほかに、テーマや構造もかぶってるし、スプラッターはあるし、推薦者まで同じだし、なんだか牧野さんに申し訳ないような気がする。かなりの読書家のようだから、「梟の大いなる黄昏」や「幻詩狩り」を当然読んでいて、「この魅力的な定番テーマでホラーを」とお考えになったんでしょうね。発想が同じだなあ。
 内容はすこぶる面白かったのですが(当たり前だ)、ただ、牧野さんのスウィート・スポットはやはり傑作『MOUSE』(ハヤカワ文庫)でしょう。私としては、ここ十年のSFのベスト1です(たいして読んでないんだけど)。
 さらに昔の話をすれば、牧野さんが「幻想文学」新人賞佳作になったとき、「絶対この人がいちばんいい!」と力説していたのは、かく申す私なのである。だからこうなるのかもしれない。
 小林泰三さんの短篇集『肉食屋敷』(角川書店・1300円)も読んだ。好みは「肉食屋敷」「獣の記憶」「ジャンク」「妻への三通の告白」の順だが、出来は「ジャンク」かもしれない。「肉食屋敷」は「ソラリス」にインスパイアされたのだろうか? なお、「妻への三通の告白」は4番目にしたけれども、構想の一つとネタがかぶっていた(笑)。今後も注目だなあ。



 [12月12日]
 今日は日記です。
 まず神保町の北沢書店に赴き、「このホラーが怖い!」海外部門1位に輝いた今本渉さんにごあいさつ。「どこか奇特な書店がフェアを企画してくれたら、在庫が減るかもしれませんね」といった内容の控えめな会話をする。「このミス」の1位と3位だったら、当然増刷の話になるのだろうが。Clive Bloom 編 『Gothic Horror』 が序文や評論の抜粋を中心としたアンソロジーで使えそうだったから購入。本屋に知り合いがいると手ぶらで帰りづらいのが痛し痒し。
 そのあと、古典SF研究会に出席。忘年会と聞いていたのだが今年はフォーマルではないらしく、総勢8名といたって寂しい。他の出席者は、横田順彌、森下一仁、長山靖生、高橋良平、日下三蔵、藤元直樹、西崎憲(敬称略)。
 そのあと、蕎麦屋で二次会。久々に食べるものがあった。実は「限りなく菜食主義者に近い極端な偏食」で、肉も魚も貝も鳥もいっさいダメ、動物性タンパクは卵と牛乳と一部の加工品しか受け付けないのだ(おかげで接待のしがいのない作家だと言われている)。要するに、見た目気味が悪くて生臭いものがダメで、間違って体内に入ると物体Xに化けそうで気分が悪くなってしまうのである(ホラー映画ならどんなにグチャグチャでもいいんだけど)。で、前回に引き続き、「極端な偏食」と言おうとして「極端な変質」とまたしても言い間違えてしまい、高橋さんに「フロイト的な間違い」と突っこまれる。うーん、 思いきり墓穴を掘ったなあ。
 さて、ホラーの人がどうしてSFの会に入っているのかと言うと、長山会長から「SFの話は出ませんから」と誘われたのがきっかけなのだから、なんだか妙な話だ。確かにSFの話をした記憶がほとんどない(怪奇小説の話なら、西崎さんと毎回いやと言うほどしているのだが)。あとは古本の話題。なにしろ希代の蔵書家ぞろいである。私のモットーはいちおう少数精鋭で、引っ越しのたびに処分しているから、実家と合わせても5千冊くらいしか所有していない。世間的には蔵書家かもしれないが、古典SF研究会では数のうちに入らないのだ。最低1万、尊敬される蔵書家といえば3万というトホーもない数字をクリアしなければならない。全員(今日来なかった人を含めて)の蔵書を集めれば県立図書館なみになるかもしれないけれども、もしそんなものができても利用客は少ないだろうなあ。
 続いて、本のご紹介。古典SF研究会の重鎮でもある森下一仁さんの新刊『現代SF最前線』(双葉社・3800円)は15年間のSF書評を網羅した労作。お人柄がよく現れたていねいな書評で、ホラーの人が読んでもとても面白い。そう言えば、私も82年からずっと「幻想文学」に書評を書いていて、エッセイなども加えて思いきり手を入れた原稿を某マイナー出版社に2年前に渡してあるのだが、ウンともスンとも言ってこないなあ。ともあれ、これは一家に一冊でしょう。個人的には、あまりにも読んでいない本が多いのでちょっと愕然としてしまった。エンタテインメントは、どうしてもホラー、ミステリー、SFの順番になるから、なかなか手が回らないんだよね。
 ただ、全然読んでいないと思われるのも業腹なので、目下のところの海外SF長篇ベスト10を記しておきます。

 1.スタニスワフ・レム「ソラリスの陽のもとに」
 2.アンナ・カヴァン「氷」
 3.フィリップ・K・ディック(迷うがちょっとひねって)「死の迷路」
 4.W・H・ホジスン「異次元を覗く家」
 5.レイ・ブラッドベリ「火星年代記」
 6.J・G・バラード「結晶世界」
 7.アーサー・C・クラーク「幼年期の終り」
 8.ジャック・フィニイ「盗まれた街」
 9.フレッド・ホイル「10月1日では遅すぎる」
 10.クリストファー・プリースト「逆転世界」
次点 コードウェイナー・スミス「ノーストリリア」

 さて、「このミス」も買ったのですが、私なりに選んでみた作品が1作もベスト20に入らなかったので、ちょっと残念な結果。もちろんプロパーの人に比べたら読書量が足りないんだけど、いちおう以下に書いてみます(オタクだからベスト選びは好きなのだ)。

 1.城平京「名探偵に薔薇を」このミス33位
 2.笠井潔「天啓の器」25位
 3.歌野晶午「ブードゥー・チャイルド」35位
 4.山口雅也「マニアックス」23位
 5.北川歩実「金のゆりかご」30位
 6.山田正紀「阿弥陀(パズル)」ランク外

 ちなみに、私は「わりと偏狭なジャンル主義者」(Cre.大森望)なので、いかにホラーの人でも「屍鬼」や「天使の囀り」は選びません。「マニアックス」はホラーではないかといぶかしむ方は、「創元推理」18号掲載の巽昌章さんのナルスジャック論をお読みください。「火刑法廷」のくだりは目からウロコがボロボロ落ちた。



 [12月13日]
 なんだか福井君よりたくさん書いていますが、これは最初だけで、そのうちピッチが落ちるでしょう。
 今回取り上げるのは小沢章友さんの『不死』(小学館・1600円)です。これは来年の(私の)ベスト5候補でしょう。
 最も好きなのは「封印」。さわりだけ書きますと、ある作家が神保町の古本屋で「悪魔の書」という稀覯本を入手するんですね(笑)。その本には悪魔しか作れない橋の写真が載っているわけです。で、作家は現地に取材に行くのですが、橋がない。ふと本を見ると写真からも橋が消えている。いやー、ぞくぞくしますね。そのあとの展開も私好みで大変結構でございました。
 これに匹敵するのが「人間嫌い」。ここには眼帯を左につけたり右につけたりする女が登場します。さらに、J・D・ベリズフォードの「人間嫌い」が紹介されるわけですね(「SFマガジン」の東雅夫と同じところで反応しておりますが、ここは当然反応すべきところなんです)。それから、ある登場人物が遺した奇怪な小説なんてものが出てまいりまして、遺稿の文章自体に仕掛けがあったりするんです(笑)。そして、最後はいたって後味悪く終わるんですね。大変よろしゅうございました。
 国書刊行会からジャック・サリヴァン編『幻想文学大事典』の内容見本が届きました。私も訳者として参加しております。刊行は来年2月で、定価は20000円(4月末まで特別定価18000円)とお高くなっておりますが、いちおうご紹介まで。詳しくは内容見本をどうぞ。
 なお、国書刊行会の「魔法の本棚」(全6巻)はまだ完結しておりません。A・グリーン『消えた太陽』だけ未刊なんですよ(入稿も終わっていないらしい)。「鳩よ」12月号で取り上げていただいたのはうれしいのですが、読者は6冊全部出ていると思うことでしょう。『消えた太陽』を探してもありませんので、念のため。



 [12月14日]
 久々に風邪を引いてしまった。翻訳はお休みにして短篇を進めているのだが、調子が出ないので逃避しよう。
 今回紹介するのは沙藤一樹『D-ブリッジ・テープ』(角川ホラー文庫・420円)の高橋克彦による解説です。この小説についてはボロクソに言う人もいるみたいですが、少なくともスタイルと文体は内容に合っているので、私はそれなりの評価をしています。ただ、骨太な小説も書けるのにあえて贅肉を削ぎ落としてこの文体を用いているわけではないから、ある種の「弱さ」は否めないところでしょう。
 で、巻末の解説なんですが、これはミステリーでもなかなか得られないサプライズ・エンディングです。 「これだけの衝撃を与えられた作品は生涯でもほとんどない」まあ、何に衝撃を受けるかは読者の勝手ですから、これはOKですね。
「この作品は間違いなく日本の文学史に残る」そ、そうかなあ(笑)。
「こんなにも美しい愛があるか?」うーん、「ホラー愛」ならともかく、一般的な「愛」はホラーにとっては夾雑物でしょう。
「その渦をなしている闇の厚みは、私にヨハネの黙示録を連想させる」な、なんと大仰な(笑)。
「文学史に残る、と私は書いたが、ひょっとするとこの作品はもっと大きな意味で後世に伝えられるかも知れない」
 うーん、作家というのはいくら主観的で頭がおかしくてもいいんだけど、選考委員は正気の人のほうが望ましいんじゃないかと思いますね。



 [12月15日]
 井上雅彦監修・異形コレクションc『月の物語』(廣済堂文庫・762円)はそろそろコンビニに入りだしておりますので、みなさんよろしく。さっそく読みました。今回のベストは巻頭の安土萌「月光荘」です。ラストがとても鮮やかな怪談で、英訳したらイギリスの怪談好きにも喜ばれることでしょう。
 さて、「活字倶楽部」98春号のエッセイで、怖い作品を強引に「作者の小説技巧が優れているために怖い作品」と「作品もさることながら、作者にどこか憑かれたようなところがあって怖さを喚起する作品」の二つに分けてみました。前者が「月光荘」なら、後者は牧野修「蜜月の法」でしょう。何か「尋常でないもの」が文体から伝わってきます。
 話変わって、中島みゆきが国語審議会の委員になるそうです。意外に思われるかもしれませんが、中島みゆきは藤女子大の国文科卒で、卒論が泉鏡花だったという事実はあまり知られていないようですね。
 さて、逃避はこれくらいにして翻訳に戻ろう。「このミス」の翔泳社の隠し球に載っていたストリブリング『ポジオリ教授の事件簿』ですが、その次に書いてあるジム・トンプスン『サヴェッジ・ナイト』の訳者は夏来健次なんですね。また負けそうな気がするな、なんとなく(ちなみに、仲は悪くないんですよ)。