[99年2月下旬]



 [2月16日]
「幻想文学」54号が出ました。今回の特集は「世の終わりのための幻想曲」、小特集は「山尾悠子の世界」です。小特集には、掌編ながら山尾悠子さんの新作が掲載されています。それから、野阿梓氏のエッセイを読んでびっくり。断筆しているわけではなく、書きためた原稿が引き出しいっぱいあるらしい(ということですよ、編集者の皆さん)。再録されている「傳説」を読み直したのだが、この言葉の凝縮度は散文詩ですね。私は現代詩でいちばん好きな粕谷栄市さんの作品を思い浮かべました(『悪霊』がまだ手に入らないんだよな)。
「幻想文学」に戻ると、今回の石堂藍はあまり吠えていない。ただ、二か所にわたって「日蝕」を取り上げてけなしているから、これまでとの比較の問題かもしれない。なお私は、この作家が邦訳されるのは最初で最後と自信を持って断言できるF・マクダーモット「蜘蛛」の翻訳と書評と俳句時評を寄稿しています。翻訳のストックがなくなってしまったのだが、道楽仕事をやっているヒマがないな。次はニール・M・ガン「象徴解読者」の予定なのだが、現状では手が回らない。



 [2月17日]
 翻訳はあと一本になったけれども、最後のが長いな。書き下ろしもネット枚数が「赤い額縁」を超えてるんだけど、亀のようにしか進まない。50枚の短篇は半分、光明が見えてきたような気がする。でも、明日再校が出るし、初校も出るんだよな。早く次の書き下ろしに移りたいのだが。ちなみに「死の影」(廣済堂文庫)の刊行は、また五月に延びました(ひょっとして七の月まで延びたりして)。
 最後に、大森望さんのリンクに「異形コレクション」のコーナーができましたのでお知らせまで。五十音順の執筆者リストもついています(私信ですが「幻想文学界」ではなく「幻想文学会」ですからね)。そうか、「異形コレクション」の掲載回数も「幻想文学」の連載回数も篠田真由美さんとまったく同じなんですね。そのうち抜かれるな。



 [2月18日]
 今日は日記です。
 速攻で確定申告を済ませる。支払調書には毎度ながら「倉坂」の誤植があったけれども、一つ「倉阪鬼一朗」という珍しい例があった。同じ出版芸術社から本を出している小森健太朗さんと間違えたのだろうか?
 時間が余ったので神保町で古本を購入。大昔に鎌田東二に貸したきり返ってこなかった長谷川修『遥かなる旅へ』(新潮社)を300円で買ったのだが、五十代の仕事盛りで死んだこの作家、いまや完全に忘れられてるなあ。同書は傑作なのに。
 そのあと、時事通信社のIさんと打ち合わせ、再校を受け取る。なお『活字狂想曲』は3月中旬の発売予定です(「新刊展望」4月号にエッセイが載ります)。小説じゃないから、どういう反響があるのかさっぱりわからないな。



 [2月19日]
 別冊宝島『おかしいネット社会』を読んでいたら私の名前が不意に目にとまった。長山靖生さんの「情報化社会はなぜ妄想にかられるのか?」の一節で、こう書いてある。「たとえばコッパードだのマクラウドなどのマイナー幻想作家の熱烈な愛好者という手合いは、日本広しといえども西崎憲・倉阪鬼一郎・藤原義也諸氏の他にはあまりいないのだが、世界はさらに広いらしく、あと三十人くらいは愛好者がいる(らしい)」。ウエイクフィールドとギルクリストならともかく、コッパードとマクラウドはちょっと私の嗜好と違う。代わりに東雅夫・南條竹則・中野善夫・赤井敏夫から選んでいただきたかった。そう考えると国内だけでも三十人はいそうで、世界なら控えめに見積もっても三百人に達するのではあるまいか(書いててむなしくなってきたぞ)。
 最もインパクトがあったのは巻頭のルポ。有名なヒット曲は全部自分が作ったと思いこんでいて、HPで告発を続けている男に取材している。小説の世界にもいそうで怖いな。倉阪鬼一郎や牧野修の小説は全部自分が書いたと思いこんでいる男とか……ほんとにいそうで怖い。



 [2月20日]
 井上雅彦監修・異形コレクション9『グランドホテル』(廣済堂文庫・762円)を読了。うーん、ことによると私がいちばん貧相なホテルを書いてしまったかもしれない。ホラー作家とも名乗るようになったのは二年ぐらい前からで、それまでは「本邦唯一の怪奇小説家」と称していた。で、怪奇小説家がこのお題でどういう発想をするかというと、ホテル→寂れている→幽霊が出ると条件反射的に考えてしまうわけで、ホテル→ゴージャスという発想はまったく浮かばなかったのだ(笑)。当初は「ホテル・カリフォルニア」のイメージで別案を考えていたのだが、設定に合わなかったからいずれ書こう。
 さて、私の偏った趣味に合った作品を三つ選びます。
 田中啓文「新鮮なニグ・ジュギペ・グァのソテー。キウイソース掛け」
 これはB級ホラーの王道を行く作品。特別料理物は大好きで自分でも書いているのだが、こんなにぐちゃぐちゃには書けないな。ひょっとして「デッドリー・スポーン」にインスパイアされたのだろうか?
 恩田陸「深夜の食欲」
 こちらは対照的に、徐々に雰囲気を盛り上げて怪異の主体は最後まで出さないというオーソドックスなモダン・ゴーストストーリーのコードで、大変よろしゅうございました。テーマがホテルで廊下に着目したセンスも光る。
 なお、「鳩よ」3月号にロング・インタビューが載っていますので要チェック。一年前の「SFマガジン」と同じことも言ってますが(笑)。
 五代ゆう「To・o・ru」
 私の守備範囲から外れていたため作品を読むのは初めてだったのだが、確かに怪奇の血が流れている。この集でいちばんの「発見」だった。
 というわけで、次回は「時間怪談」です(人ごとのように書いてる場合じゃないんだがな。構想はできてるのにまだ手が回らない)。



 [2月21日]
 再校を返送し、ショートショートを仕上げ、ディテールは加筆・推敲せねばならないものの短篇の第一稿を完成する。50枚の短篇を書いていると、ホラー大賞に投稿していたころを思い出すなあ。
 しかし、これでヒマになるかと思いきや、明日からは翻訳家に戻り、次の短篇を書き、書き下ろしの追い込みに手を回さねばならないのだった。うう。



 [2月22日]
 にゃあ、こんにちは。黒猫のぬいぐるみのミーコです。
 今日は猫の日なのでミーコが書きます。
 先生は「猫は三十年生きたら猫又になるから、ぬいぐるみも三十年生きたら本物の猫になるんだよ」と言います。でも、ミーコが本物の猫になったら、先生は「うるさい!」と言って絞め殺して剥製にしてしまうかもしれません。だから、ミーコはぬいぐるみのままでいようと思います。
 だいたい、この調子だと先生はあと三十年も長生きしないでしょう。死んだらミーコもお棺に入れてもらおうと思います。
 おわり。



 [2月23日]
 未読のカーで最も気になっていた『曲った蝶番』(創元推理文庫)を読む。まず冒頭の謎で結界を張り、中盤のサスペンスに当たる部分でこれでもかこれでもかと怪奇を織りこむコード進行で、忌まわしい書物とか自動人形とか次々に登場、「おお、おっさんやっとるな」という感じで楽しく読めた。本格に関しては、私は常にホラーとミステリーのコードを意識しながら読む異常な読者だから、謎解きでなにがしかの崩壊感覚が醸成されないと納得できない(自分ではまだうまく書けないのだが)。つまり、個人的には怪奇小説におけるアトモスフィアと探偵小説における論理はある程度パラレルなんですね(ホラーにおけるクライマックスの恐怖と、ミステリーの謎解きによって生まれる崩壊感覚、さらにSFの崩壊感覚には何か共通点があるはず)。その点、今月は「ジェゼベルの死」を読んでいるから見劣りはするけれども、いちおう納得できるものだった。最後に「火刑法廷」をやってくれたら言うことはなかったんだが。
 それにしても訳が古いな。フェル博士の「なんとかじゃ」という語り口のおかげで読者をむやみに減らしていると思う。

 途中から日記です。
 夕方、神保町で祥伝社のSさんと打ち合わせ、短篇の原稿を渡す(某さん、先に出してすまん)。ほっとひと息ついたところだが、次の短篇の舞台がイギリスなので資料を買って帰る。我ながら勤勉だなあ。書店では「サイコ・ホラー」と帯に書いている新人の作品が目にとまったけれども、ホラーかどうかわからないので誰かが感想を書くまで待とう。 なお、ホラーの定義はいろいろありまして、訳語を「怪奇小説」とするか「恐怖小説」とするかによっておのずと変わってきます(前者が小乗仏教、後者が大乗仏教と考えればわかりやすい)。わりと偏狭なジャンル主義者である私が最もしっくりきたのは、我孫子武丸さんが日記に一回書いただけの定義「ネガティヴなスーパーナチュラル」です。むだな言葉がないので電光石火のように伝わりますね。これでかなりカヴァーできるんですが、ジェントル・ゴーストストーリーなどが抜け落ちてしまう。また、「恐怖を眼目とする小説」というたぐいの定義だと、たいていのモダンホラーは面白いけど怖くもなんともありませんから、ごそっと抜け落ちてしまう。つくづく難しいものです。



 [2月24日]
『ワールドミステリーツアー13[6東欧篇]』(同朋舎・2000円)を頂戴したのでご紹介。綴じこみの「吸血鬼分布地図」だけでほぼOK。相変わらず偏った内容の13章は「古典から現代まで、吸血鬼小説13作を読む」、さらにフル回転の菊地秀行氏は「ドラキュラ紀行」と「吸血鬼映画傑作選」、まるで「幻想文学」のような内容です(笑)。
 もう一つ「SFマガジン」経由の情報ですが、「ホラーウェイヴ02」は3月3日に発売されます。「SFマガジン」といえば、どうしてあのアンケートだけ今月号に載っているのだろうか(と、ふつう読者は思うよな)。なるほど、クズ論争はまだ尾を引いてるんですね。それで思い出したんだけど、月末の古典SF研究会には参れませんので会長によろしくお伝えください(>藤元様、西崎様)。



 [2月25日]
 ジャック・サリヴァン編『幻想文学大事典』(国書刊行会・4月末まで特別定価18000円、以降20000円)が届きました。なかなか上品な装幀ですね。共訳なので(事典の翻訳は二度とやりたくないが)、今年続々と出る(はずの)本の第一弾ということになります。大書店で来月早々にも入手できますのでよろしく……といってもこの値段ですから、購入者はおのずと限られてくるでしょう。ちなみに、私は原著を北沢書店で18000円で買ったので、ちょうど元だけは取れた計算になります。
 当分これを読まねばならないため、「海外ミステリー強調月間」はエラリー・クイーン『クイーン談話室』(国書刊行会・2200円)で打ちどめにします。書物ネタがいちばん面白かったですね。あとはメアリ・E・ウィルキンズ−フリーマンに注がついてないとか、ヘレン・マクロイは美人だとか、歯医者で読むとくだらないことにしか反応しないな。
 それから、小伝によると「第八の日」はSF作家のデイヴィッドスンとの合作なんですね。他の合作作品も性に合うかもしれないから読んでみよう。今月は国名シリーズの未読(ローマ、フランス、スペイン)をつぶそうと思っていたのだが、普通のド本格みたいだからまあいいや(ちなみに「チャイナ橙」と「シャム双生児」が好みです)。



 [2月26日]
 今日は日記です。
 夕方から徳間書店の三賞パーティに出席。「異形コレクション」がSF大賞の特別賞を受賞したので関係者が多かった。どうも偉い方々には気後れするたちで、ふと気づくと牧野修さんとか田中啓文さんとか福井君とか年収が大薮賞の賞金に満たない貧乏そうな人々のところに戻ってしまう(笑)。初対面は、日記のイメージとだいぶ違う田中哲弥さん、安土萌さん、小谷真理さんなど。それから、最後に宮部みゆきさんに「今度『月がとっても青いから』をご一緒しましょう」とごあいさつできたから満足。集英社のOさんを日下三蔵に紹介したり、どうもカラオケがらみの動きが多いな。仕事の話では、前からオファーがあった徳間書店の書き下ろしはホラーで進行することに決定。ダークな超能力者物でも書くかな。確認すると、いま最後で詰まっている幻冬舎の書き下ろしが終わったら、今年中に講談社ノベルス(ホラーとミステリーのハイブリッド)、集英社(人がたくさん死ぬ救いのない本格ホラー)、出版芸術社(短めのクトゥルー伝奇物)を書いて、来年の上半期に徳間書店と幻冬舎の次の館シリーズを書かねばならないのですね。短篇を書きながらこんなに仕上がるのだろうか? 星敬さんが編集者に化けて依頼に来るかもしれないという話も聞いたぞ。『幻想文学大事典』にはヒュー・ウォルポールの短篇集の翻訳が近刊と書いてあったし(これはまあ再来年ですね)。
 一次会の話でいちばん驚いたのは、今日は来ていた東雅夫(クールファイブができると思ったのに帰ってしまった)まで「夏来健次仮病説」を信じていたことですね(笑)。本人から「同情してもらいたいから公表してくれ」という意向があったけれども喜ぶ人がいてはと見合わせていたのですが、夏来健次が癌で胃を三分の一切除したのは事実です(現在は再発もせず快方に向かっておりますが)。なお、「幻想文学」の次の特集は久々にミステリーですので、ご期待ください。
 二次会は例によって飯野文彦さんの仕切りで、銀座のわかりにくい店へ。井上雅彦さんによると、まだ具体的ではないもののホラーの書き下ろし評論アンソロジーを出す企画があるらしい。二次会で初対面だったのは、矢崎存美さん、森岡浩之さん、カラオケでデュエットしているのに実質初対面という図子慧さんなど。
 三次会は、いよいよカラオケです。人数が多いので今回もデュエットが中心。我孫子武丸さんと「ヒトコイシクテ、アイヲモトメテ」「みなし児のバラード」(この歌をデュエットできるとはなあ)、集英社のC塚さんと「Call me」「Only Yesterday」、高瀬美恵 お嬢さまと「九月の雨」「失恋魔術師」、新コンビとなりつつある田中啓文さんと「イヨマンテの夜」「十九の春」、笹川吉晴さんと「だれかが風の中で」。単独では「月の法善寺横丁」と「ストロボ」。
 ほかの出席者は、もちろんいないはずがない大森望さん(私や両田中のような人がいると「失恋レストラン」とか「夏のお嬢さん」とか入れますね)、さいとうよしこさん、新沼謙治が渋かった田中哲弥さん、今日はなぜか西城秀樹だった飯野文彦さん、戸川純を一曲だけ歌った牧野修さん、柴田よしきさんなど。結局朝の五時過ぎまで歌う。もう一軒行くのかなと思ったら、三々五々タクシーで帰ってしまったので、笹川君とわびしく地下鉄で帰る。
 というわけで、次は「夏来健次迎撃カラオケ」をお楽しみに。



 [2月28日]
 池袋パルコの古書展の最終日に行く。
 大古本市と銘打っているものの、会場が異様に狭い。一角だけ濃かったけれども、例によって探偵小説系で、怪奇小説関係は持っている本が多かった(「幻想と怪奇」の揃いが七万円は高いでしょう)。結局、二千円以上の本はサンリオSFの二冊のみ、十冊で一万円しか買わなかった。M・ミュラー『人形の夜』(講談社文庫)って面白いのだろうか。それから、なぜかポケミスをほとんど読んでいるサイモン・ブレットの角川文庫の三冊を揃えられたのに、記憶違いで一冊買い逃したのは失敗だったな。五万円下ろしていったのに拍子抜けがしたので、タワーレコードに回って川本真琴とハルメンズ(テープが切れてしまった)とヒカシューのアルバムを買って帰る。
 夜から仕事をしようと思ったのだが、テレビ東京が「魅惑のムード歌謡特集」なんてものをやっていたので、食い入るように見てしまう(笑)。平和勝次とダークホース、沢ひろしとTOKYO99などは大満足だが、高橋勝とコロラティーノ、南有二とフルセイルズ、並木ひろしとタッグマッチ等々が抜けていた(前半の15分間は見てないけど)。勉強が足りんな。
 というわけで、明日から心を入れ替えてお仕事です。