[99年4月上旬 Weird World]



 [4月1日]
 R・A・ラファティ『どろぼう熊の惑星』(ハヤカワ文庫SF)を読む。「意志と壁紙としての世界」はかなりツボ。また、「秘密の鰐について」にはチェスタートンの名前が出てくるけれども、確かに似ているところがある。ぼうっと読んでいるとわけがわからなくなるのだが、ツボにはまったときは破壊力抜群。ほかに〇をつけたのは「とどろき平」「世界の蝶番はうめく」「どろぼう熊の惑星」。
 海外強調月間は今月前半で終了、当分国内に専念します(基本的に、面白かった作品しか取り上げません)。手初めに「十」をテーマにしたホラーアンソロジー『十の恐怖』(角川書店・1700円)。ホラーではオーソドックスな竹河聖「十歩……二十歩……」と森真沙子「あと十分」が好み。「神社で数をかぞえてはいけない」などと言われるとうれしくなってしまう。ジャンルミックスでは、端正な文章で綴られた五代ゆうの怪奇ファンタジー「十環子姫の首」、外宇宙と内宇宙の遠近法が心地いい小林泰三「十番星」が印象に残った。



 [4月2日]
 サンドラ・ヴォ・アン『私の中から出てって』(講談社・1500円)は、ハードカヴァーの中篇だからもっと文芸的なものかと思ったのだが、帯に<蹂躙と陵辱のホラー>と書いてあるとおりの作品だった。去年のブリジット・オベール「ジャクソンヴィルの闇」と同様、まるでアメリカ人が書いたようなホラー(舞台もアメリカだし)。アメリカではホラーは下火になりつつあるらしいが、周縁ではまだこれから、今後もフレンチ・ホラーには注目。「地獄の貴婦人」みたいにグロいものとか、アンチロマンの作者が書いたようなホラーとか、いろいろ期待できそうだ。
 話変わって、海星高校ベスト8で惜敗。明徳に勝った時点で三重高校以来の決勝戦進出が見えたかなと思ったのだが、甘かったようだ。ちなみに、百年以上の歴史を誇るわが母校は春夏ともに出場経験なし、いまだに旧制中学時代の決勝戦は惜しかったと語り草になっている。



 [4月3日]
 ロバート・シェクリイ『人間の手がまだ触れない』(ハヤカワ文庫SF)を読了。ラファティのあとだと分が悪いけれども、ガジェットはSFでエッセンスはかなりホラーという作品は楽しめた。表題作、「祭壇」「あたたかい」が好み。



 [4月4日]
 両親が出てきたので仕方なく根津のホテルへ食事をしにいく。インターネットと本の区別もつかない田舎者としゃべるのは疲れるな。「『週刊朝日』って新聞か?」と聞かれてもなあ。
 フレドリック・ブラウン『火星人ゴーホーム』(ハヤカワ文庫SF)は、まあ楽しめた。これもコードを換えれば「ダーク・ハーフ」みたいなモダンホラーになりますね。



 [4月5日]
 みなさん、こんにちは。黒猫のぬいぐるみのミーコです。先生といっしょにおでかけしたのでミーコが書きます。
 今日は福井掲示板の初めてのオフ会でした。「ぱらでぁす・かふぇ」の松本楽志さんが京都から出てくるので、一度集まろうということになったのです。ミーコは目印というだいじな役でした。五時に喫茶店へ行ったら、浅暮三文さんがいました。それから、先生は浅羽通明さんと数年ぶりにバッタリ会いました。幹事は西崎憲さんでしたが、予想どおり遅刻してきたので、先生は「ミーコを連れてきて正解だった」と言ってました。集合場所に来たのは、初対面は松本さん、その友人のGAKUさん、数年前にファンレターをもらったことがある治田さん、むかし「幻想文学」に変名で書評を書いていたという細田均さん、それに、十数年ぶりに会った幻想文学会の櫻井さん、幹事の西崎さん、管理人の福井健太さん、最近いちばん書きこんでいる東雅夫さんです。原稿の遅い東さんにプレッシャーをかけにきた学研のMさんとも久しぶりでしたが、すぐ帰ってしまいました。
 六時半から「土風呂」という大きな飲み屋さんに移動しました。ここから合流したのは、大森望さん、迫水由季さん、藤元直樹さん、フクさん。ひとりずつミーコを抱いて自己紹介しました。いろいろなお話が出ましたけど、先生が言うには前より邪悪じゃなかったそうです。先生は「よりによって福井健太に説教された」とちょっとむっとしていましたが、バカみたいに人がいいところがあるのでちゃんと反省していました(笑)。あとは「本ミス」や「秘神」の話とか。「ミステリとホラーにおける謎の構造の相違」に関してはうまい説明がついたと言っていました。
 二次会はビッグボックスのカラオケです。ここから合流したのは、さいとうよしこさんと三村美衣さん。歌部屋と話部屋に分散、歌部屋は中島みゆきしばりです。主賓の松本さんはファルセット・ボイスでとてもお上手でした。でも、ようやくしばりが解けてさあこれからというときに終わってしまいました。先生は中島みゆきを三曲、山崎ハコを一曲、計四曲しか歌えずとても不満そうでした。話部屋では福井さんが飛ばしまくっていたようです。先生と浅暮さんはこれから邪悪になろうというところだったのに、大森夫妻も東さんも帰ってしまうし、結局そこでお開きになりました。みなさん、おつかれさまでした。
 でも、先生は帰らず、福井さんの後輩を呼んで麻雀を打ちました。福井(ミステリ)、後輩(ミーハー)、先生(ホラー)、浅暮(ファンタジー)の対抗麻雀です。途中まで櫻井さんがギャラリーとして参加しました。福井さんは対戦成績に異常にこだわる人で、前に負けたことがある先生への復讐に燃えていました。「麻雀は理知のゲームだからミステリが勝つ。週二、三回打ってる人間が年一、二回しか打たない人に負けるわけがない」などなど、退路を断って敵陣に討ち入るような気合です。先生は二荘目にトップを取って丑三つ時までは返り討ちモードだったのですが、いやに静かに流れていた三荘目の後半、福井さんにドカーンと国士を振りこんでしまい、この一撃でKOされてしまいました。総合はミーハー、ミステリ、ホラー、ファンタジーの順でした。でも、「あれは交通事故みたいなものだから、どうも負けた気がしない」とあとで言ってましたから、先生もかなり強情です。そのあと五時すぎに帰りました。
 じゃあ、またね。ミーコとどこかでお会いしましょう。



 [4月6日]
 インタビュー掲載の「週刊朝日」が出たと思ったら、「サンデー毎日」の中野翠さんのコラムにも取り上げられて驚く。ほんとに売れるかも。前者はがんばってしゃべったつもりなのだが、インタビュアーはかなり頭を抱えたらしい(笑)。だいたい書きながら考えるタイプだから、しゃべるのはあまり得手ではないのだ。と言いながら、義理がらみだと引き受けざるをえない。今月も某座談会が予定されており、これからサイコ・スリラーをたくさん読まなければならないのである(「海外SF強調月間」は月末まで延長します)。書き下ろしも早く軌道に乗せたいし、また空白の日がパラパラ出るでしょうが、該当日に何か事件が起きても犯人は私ではありません。



 [4月8日]
 まったく遅ればせながらビデオで「CUBE」を観る。これは掲示板で少し話題になっていたSFミステリホラーかも。この三つのジャンルの基本はセンス・オブ・ワンダーで、驚異の質と手続きが違うとごく大ざっぱに見取図を引けばいいのかもしれない。



 [4月9日]
 西崎憲編『英国短篇小説の愉しみ3 輝く草地』(筑摩書房・1900円)が出ました。個人的にはシリーズ中のベストです。ことに巻頭のアンナ・カヴァン「輝く草地」は傑作。世間の人が泣くような小説はせせら笑う鬼畜なのですが(だいたい初手から読まないが)、カヴァンとはオブセッションが共通する部分があるらしく、久々に小説を読んで泣きそうになってしまいました。この幸薄いところが何とも言えません。不気味にして哀切な輝く草地は、因子を共有する読者の頭の片隅にひっそりと存在し続けることでしょう。ちなみに、カヴァンの『氷』(サンリオSF文庫・絶版)は大傑作です。
 怪奇小説の伝統を感じさせる作品も多く収録されています。M・P・シール「ユグナンの妻」はラヴクラフトの「ピックマンのモデル」に影響を与えたと目されている作品(翻訳ご苦労様でした)。ポオとビアスの影も如実に見えます。L・P・ハートリー「コティヨン」は、ハートリーにしては意外なほどオーソドックスな怪談。同じ舞踏会怪談であるブラッドン「冷たい抱擁」にインスパイアされたのでしょうか。それから、雪の足跡という点ではバレイジ「足跡」と酷似しています。雪の足跡は本格ミステリのガジェットでもあり、またひとつコードの互換性の証拠が見つかりました。ディケンズ「殺人大将」には民話の影が差しています。青髯もさることながら、だんだん大きくなるのはレ・ファニュ「ロッホ・ギア物語」の一挿話と同じです。ナイジェル・ニール「写真」はクラシック・ホラーとモダン・ホラーの中間のテイストで結構怖かった。ほかにも、実に謎めいたダンセイニ卿「スフィンクスの館」(これがミステリのプロローグだとしたら本篇はどうなるかと考えようとしたのだが、頭が割れそうだったからやめた)、人によってはこちらのほうが泣けるだろうキラ−クーチ「世界河」など多士済々。また、巻末には編者による評論「短篇小説とは何か−−定義をめぐって」が収録されています。偉い学者もすぐ突っこまれそうなことを主張しているので笑ってしまいますね。



 [4月10日]
 井上雅彦監修<異形コレクション10>『時間怪談』(廣済堂文庫・762円)が届きました。時間SFではなく、怪談のほうに重きを置くという設定です。初登場の作家は、五十音順に北原尚彦、竹内志麻子、西澤保彦、速瀬れい、の四氏。怖い話が多いようなので楽しみです。感想は後日。なお、私は「墓碑銘」という30枚の短篇を寄稿しています。隠し味はキングクリムゾンです。それから、同文庫の書き下ろしホラー『死の影』ですが、次の異形コレクション『トロピカル』と同時発売ということになりそうです(ですから、また六月に刊行が延びます)。お待たせして申し訳ありません。
 来週も『さむけ』が出るし、ホラー・アンソロジーはミステリを上回る勢いで刊行されていますね。まさに隔世の感があります。さて、一冊紹介し忘れていました。
 東雅夫編『屍鬼の血族』(桜桃書房・2300円)は五百ページにも上る<日本吸血鬼小説大全>。かつて幻想文学出版局から出た『血と薔薇のエクスタシー』(といっても知らない読者が多いでしょうけど)をベースにしていますが、大幅な増補再編がなされています。装幀は『屍鬼』と同じ藤田新策画伯、上下巻でこの本を挟むと深夜に怪異が起きます(最近フェイクに凝っている編者に代わってヨタを飛ばしてみました)。
 以上、コウモリがお知らせいたしました(笑)。


 [4月13日]
 神保町で祥伝社文庫編集部のYさんと打ち合わせ、ホラー・アンソロジー『さむけ』(祥伝社文庫・650円)を受け取る……だけかと思いきや、「小説NON」のSさん、ノベル編集長のKさんまで同席、結局「来年中」という約束で長篇の書き下ろしを引き受けてしまう。同文庫では綾辻さんの「緋色の囁き」がいちばん好きだから「私なりの『サスペリア』をやってみたい」と言ってみたら通ってしまった(ジェシカ・ハーパーのファンとしては、やはりこれは書いてみたいわけですよ)。ご依頼はとてもありがたいので「来年中」という大ざっぱな締切でホイホイ引き受けているのだが、今年中の三冊が書けなかったらどうすればいいのだろうか。目下ローテーションを組んで書いているけれども、亀のようにしか進まないんだよなあ。
 なお、『さむけ』は京極夏彦さんの怪作「厭な子供」(これは怪奇小説家には絶対使えないコードだ)など「小説NON」掲載作品に、井上雅彦さんなどの書き下ろしを加えた計9篇を収録しています。全作収録かと誤解していたのですが「小説NON」4月号のホラー特集からはとりあえず拙作「天使の指」だけで、他の作品は次の機会ということになるようです。定期的に刊行されるといいですね。


[4月14日]
 小谷野敦『もてない男−恋愛論を超えて』(ちくま新書・660円)を読了。『活字狂想曲』の担当さんから同氏が朝日新聞に書評してくださるという情報が入ったので、どういう方なのかと思って読んでみたのだが、これがむちゃくちゃ面白い。ことに「私」が出る部分が秀逸で結構笑ってしまった。『活字狂想曲』の書評はいろいろ出ているのですが(これで初版どまりだったら大笑いだが)、個人的には「アニメージュ」の大森望さんの「おたく系会社員に夢と希望を与える一冊」がいちばんうれしかった。『もてない男』もおたくに夢と希望を与える書物です(根底にルサンチマンと私怨があることも共通)。この人ならわかってくれるような気がするな。
 というのも、全然わかってくれない左翼の人(田中幸一だが)と私信で論争して、ずいぶん消耗したので(笑)。「新刊展望」のエッセイにも書いたのですが、われわれおたく世代にとっては「昼の時間をどう生きるか」が切実な問題なんです。だから『活字狂想曲』を読んで「似たような人がいるな。自分はこの人よりましだな」と笑いながら読んで元気を出してもらえるだけでOKなんですよ。類書のように会社や日本的世間に対する紋切型の批判をしたわけではない。むろん根底にはルサンチマンや大衆蔑視は流れておりますが、文学の根底ってそういうもんじゃないんですかねえ。私はラヴクラフトと中島みゆきと森田童子と山本夏彦とシオランとカフカと太宰治とドストエフスキーとアンナ・カヴァンとアーサー・マッケン(以下略)のおかげで寿命が延びたと思っています(目一杯暗いな)。因子を共通する読者にとって私がそういう存在になることがささやかな理想の一つです。左翼の「理想社会」なんてクソくらえだ!


[4月15日]
 さすらいの「Weird World」は本日をもって福井健太氏の「Caprice Center」から櫻井清彦氏の「牛込櫻会館」に移動しました。櫻井氏は幻想文学会のOB、同サイトには「幻想文学企画室通信」という東雅夫氏のコーナーもあります。伝説の幻想文学会が電脳空間で甦るかと思うと感慨もひとしおです。
 また、さながら濃縮つゆのように濃くなっていたホラー談義室は、福井掲示板から櫻井掲示板(二つありますが「幻想的掲示板」のほう)に16日より移動しますのでご注意ください。
 では、引き続き「Weird World」をよろしくお願い申し上げます。