[99年4月下旬 Weird World]



[4月16日]
 井上雅彦監修<異形コレクション10>『時間怪談』(廣済堂文庫・762円)を読了。さすがに新たな血が入ると活気づきますね。今回初登場の四氏の作品はどれも新鮮で面白かった(なんだか自分の首を絞めるような発言だな)。
 竹内志麻子「むかしむかしこわい未来がありました」 この人にはディオニュソス的な想像力がある。泉鏡花の「鬼神力」系統の作品も書けるのではなかろうか。P293のある一節なんて、まるで鏡花。うらやましいな。
 速瀬れい「カフェ『水族館』」 読者によっては小味だと思うかもしれないけれども、文章を含めてとてもセンスがいい。感心しました。
 北原尚彦「血脈」 これはもう思い切りツボ(笑)。ひたすら楽しい。
 西澤保彦「家の中」 派手なSFミステリしか読んでいなかったので、こんなに暗いものも書く人だったのかとびっくり。救いがなくていいです。
 さて、残りの常連作品からあくまでも私の好みでベスト3を選びます。
 牧野修「おもひで女」 今回のコードは直球なのだが、手元でグイと伸びてくる。いつも取り上げているから外そうと思ったけれども無理だった(笑)。
 恩田陸「春よ、こい」 竹内作品とは対照的に、こちらはアポロン的。ひたすら心地いい「ビューティフル・ドリーマー」でした。
 五代ゆう「雨の聲」 細部に至るまで作者の美学によって貫かれている。これも鏡花的。私は死んでも書けません。
 というわけで、一冊読み終わったということは、次の『トロピカル』の原稿を書かなければならないわけですね。始動しよう。


[4月17日]
 詳しい経緯は省略しますが(ああ疲れた)、メールアドレスが変わりました。
 kirovk@msn.com です。kが追加になっただけなんですけど。
 なお、パソコンはインターネット専用で、執筆はシャープのSERIEというワープロ専用機を使用しています(ハードディスクが書棚と引き出しという形式でとっても好き)。ニフティのIDをお持ちの方は、そちらのほうがより早く確実にメールが届くと思います。当方のIDはYRI02513です。
 さて、新サイトの開設を祝うかのように、幻想文学会OBである南條竹則氏の『セレス』(講談社・1800円)が届きました。「遊仙譜」以来ほぼ三年ぶりの書き下ろしです(南條さんって寡作だったのね)。ジョイ・ウォンに捧げているのはいつもどおりなのですが(笑)、私よりアナログな人なのに「電脳長安」とか「コンピュータ・ウイルス」とか帯に書いてあるのでびっくり。いったいどんな小説なのだろうか。


[4月19日]
 三時より、サイコに関するムックの座談会。場所はぶんか社、出席者はスリラーから和田はつ子さん、ホラーから私、進行役が東雅夫氏、実務が編集担当のTさんという布陣。初対面の和田さんはパワフルな方で、私の十倍くらいしゃべっていたような気がする。ジョン・ソールを持ち上げてキングを貶めるところは妙に話が合いましたね。このところのインタビューの失敗に鑑み、今回はメモを作成して臨んだのですが、話の流れもあって全部は主張できなかったのでここに掲載します。

 基本的にホラーは言葉と想像力だけでスーパーナチュラルなものを描き、超自然的恐怖を喚起する文芸ジャンルであるから、サイコ・ホラーと称されているものはサイコ・スリラーと呼ぶべきである。ことにサイコの分析などが入る現実側に力点が置かれたものは、広義のミステリーのサブジャンルであるスリラーに属する。
 一方、ホラーは現実を侵犯することに主眼が置かれる。日常にもありうる恐怖(サイコ)を描くのがサイコ・スリラー、形態は人間でもとてもありえない怪物に近い非日常の存在ならサイコ・ホラー。読者の不信を崩し、面的ではない球体的な恐怖を突出させて現実を侵犯するのがホラーの醍醐味だが(ホラーは想像力を基盤とする幻想文学、スリラーはリアリズム)、そういうサイコ・ホラー作品は思い当たらない。しいて挙げればジャック・ケッチャム「隣の家の少女」か。
 ほかの海外サイコ・スリラーは、ルース・レンデル「ロウフィールド館の惨劇」「わが目の悪魔」(サイコに嫌悪感を抱き「痛い」気分になるか、感情移入してカタルシスを得られるかに個人的には分かれる)。ジョン・ソール「踊る女」(「暗い森の少女」はホラー)、スティーヴン・キング「ミザリー」、トマス・ハリス「レッド・ドラゴン」、ウイリアム・カッツ「恐怖の誕生パーティー」など。
 ジャンル・マーケット的な見地に立てば、サイコ・スリラーをホラーに含める戦略は認める(角川ホラー文庫にはホラーが少ない)。ただし、百歩譲ってホラーに含めるとしても、本格ホラーではない。その点、「黒い家」(サイコ・スリラーとしては傑作)について「ついに日本に本格ホラーが現れた」と評した北上次郎はロス・マクのハードボイルドを本格ミステリと言うようなもの。
 現実自体が恐怖だからホラーが書きづらいのではないかとよく言われるけれども、ホラーの想像力は次元が違う。現実で面白かった事件は宮崎勤と神戸くらい。和歌山は吐き気がするほど凡庸。想像力と美学を基盤とするホラーは、いくら現実で事件が起きても無関係。

 終了後は、ダルマックスのOさんを紹介され、東氏とお茶を飲んだだけでカラオケにも行かず帰る。座談会が終わったから、これでなんでも読めるぞ。


[4月20日]
 Fantasy Centreから大量に本が届く。
 Ash-Tree Press;
 T.G.Jackson/Six Ghost Stories(500部限定)
 Margery Lawrence/Nights of the Round Table(600部)
 Robert W.Chambers/Out of the Dark(500部)
 次はW.J.WintleとFrederick Cowlesらしい。ひたすらすごいな。
 Sarob Press;
 S.Baring-Gould/Margery of Quether and Other Weird Tales(250部)
 William I.I.Read/Skeletons in the Closet(200部)
 後者は1962年生まれの新進怪奇小説家の第一短篇集。私は千二百部だったから、さらに千部も少ない。ゴーストストーリーを朗読する家庭に育った人のようだが(笑)、昔ながらの怪談を志しているわけではなく、屈折した心情が見える。でも、これは読まないだろうなあ。ちなみにナンバーは44でした。
 Arkham House;
 Ed.by Peter Cannon/Lovecraft Remembered(3500部)
 ラヴクラフトに関する回想的エッセイを集成したアンソロジー。アーカム・ハウスは健在なり!
 Barry Pain/Stories and Interludes(1898,Harper and Brothers)
 一昨年あたりまでパンドラのカタログに百ドルで載っていた。30ポンドは安かったな。百年前の本っていいものですね。

 四時から新宿で廣済堂のSさんと打ち合わせ、『死の影』の再校ゲラを受け取る。そのあと、Sさんの部下のF嬢を紹介される。F嬢は早大文芸科の十数年後輩、昔の文芸科とはずいぶんイメージが違うな。さて、「トロピカル」が難渋しているのに、次の「GOD」にも依頼がありました。ちょっと疲れてきたのだが、久しく出していない純然たる短篇集のためには休んでられないな。
 と言いますのは、<異形コレクション>の掲載作のみを集めたハードカヴァーの短篇集のシリーズが動いているためです。第一弾は菊地秀行さんで、七月下旬に刊行の予定。私は短いのが多いので来年以降になります(そうか、短篇集二冊と翻訳を含めたら十冊超えてるのか……)。
 なお、『死の影』が第一弾となる長篇書き下ろしホラーのシリーズは着々と進行中です。私が表紙にトレヴァー・ブラウンを指定したという話を聞いた牧野修さんがずいぶん悔しがっていたらしい。どうして同じことばかり考えるかなあ(笑)。
 同じことといえば、貴志祐介『クリムゾンの迷宮』(角川ホラー文庫・640円)に世間的には忘れられているはずのゲームブックが出てきて驚く。「倉阪鬼一郎『赤い額縁』ではいささか浮いていた観のあるゲームブックだが、本書では有機的に機能しており(そういえば、食屍鬼と倉阪鬼は字面が似ている)、このあたりが両者の売れ行きの差に……」という書評が出ると嫌なので先に書いておこう(笑)。ちなみに、クーンツ型のモダンホラーとしては間然とするところのない傑作。本格ホラーとしてはダークさが足りないかな(とくに終盤)。


[4月22日]
 みなさん、こんにちは。黒猫のぬいぐるみのミーコです。
 今日は先生が「いつもいい子でおるすばんしてるから、ごほうびをあげるね」と言って、まるいおざぶとんを買ってきてくれました。おともだちが九匹もついてるの。ミーコはその上で寝てます。ミーコはぬいぐるみなのでひとりではおでかけできませんけど、先生といっしょならどこへでも行けます。でも、おざぶとんの猫はずっと同じポーズで動きません。ミーコはとっても恵まれてるんだなと思いました。
 おわり。


[4月24日]
 午前中、例によって区議選の訴えで起こされる。投票など一度もしたことがない私にはひたすら迷惑である。ぼうっとした頭で句集のお礼状などを書く。俳人はほとんど電脳化されていないため、郵政省メールを書かねばならず面倒。
 夕方より古典SF研究会に参加。今回は十名を超える盛況だった。なお、長山靖生会長は子守に専念するため辞任、代わって北原尚彦さんが新会長に就任いたしました。サングラスをかけていますが暴力団の会長ではありません。そのあと、出席者からSF界のもめごとについてレクチャーを受ける。うーん、いろいろあるもんですね。
 長山前会長の新著『妄想のエキス』(洋泉社・1600円)が出ました。私も書いている別冊宝島「巨人列伝」などに発表したものを再構成した著作です。まだ拾い読みなのですが、「歴史は投稿でつくられる」の個人的エピソードは抱腹絶倒。あとがきに「畏友・倉坂鬼一郎」という誤植があるのは、まあご愛嬌でしょう。


[4月25日] 
 高見広春『バトル・ロワイアル』(太田出版・1480円)を読了。まあモダンホラーではあるのだが、SFかホラーかと問われればSFでしょう。ただし、鬼畜なセンスにはなかなかのものがある。ゆえに、「ホラーじゃないから」という理由でホラー大賞に落ちるのなら納得できるのだが、「いくらホラーでもこんな世界は読みたくない」という某選考委員は大いなる勘違い。また、死者が42人とあって、予想どおり後半は活劇になって数を稼いでしまう。最後まで一人ずつていねいに鬼畜に殺してもらいたかった。ゆえに、「多すぎてだれるから」という理由ならわかるのだが、「自分なら8人までしか殺せない」という良識の側に立った某選考委員の発言はひたすらナンセンス。さらに、もう一人の某選考委員は「書棚はほとんど漫画じゃないか」と発言しているけれども、この選考委員の大ざっぱな文章よりずっとていねいに書いてあります。
 ちなみに、出るのは来年になると思いますが、目下執筆中の長篇ホラーでは人が最低五十人死にます。三十枚弱で六人死んでるから、快調なペースだなあ。


[4月26日]
『死の影』の再校を返送したあと、三時より千駄木で「週刊宝石」のインタビュー(「著者サイン会場」というコーナーです)。インタビュアーの大多和伴彦さんは書評で『屍鬼の血族』を取り上げたりしているホラー好きで、学生時代は俳句研究会をやっていたという方、おかげでそちらの話もできたし、私としては上出来のインタビューだったような気がする(世間的にはどうかわからないけど)。なお、抽選で五冊プレゼントすることになっている『活字狂想曲』には、代表句の一つと目されている「行列の一人は被る人の面」を記しました。
 さて、「活字倶楽部」99春号が届きました。今回の巻頭大特集は「幻想文学」でもおなじみの篠田真由美さんです。詳細な作品リスト付き。そうか、「BGM」にも書いてたのね(笑)。


[4月27日]
 キャメロン・マケイブ『編集室の床に落ちた顔』(国書刊行会・2500円)を読了。今年の海外ミステリ・ベスト候補の傑作とだけ言っておこう。一部の本格ファンとは相性が悪いかもしれないが、少なくともバークリーのファンには合うはず。なお、解説に「そもそも自分の書いた作品が探偵小説の一種であることさえも意識していなかった」とあるけれども、テキストを読む限りとてもそうは思えないのだが。
 さて、久々に原稿依頼を断る。新月刊誌のビデオ評コラムの連載というお話でギャラは良さそうなのだが、そういうものまで引き受けているとなおさら小説が進まなくなってしまう(単発ならいいんだけど)。まあ貧乏覚悟で専業作家になったのだから、今後も目先の金に目がくらまないようにしよう。


[4月29日]
 どうも小説界にもシンクロニシティがあるようだ。個人的にも経験したけれども、今月はとみに俗に言うカブリが多かった。黒岩研『ジャッカー』(光文社・1900円)は手堅いモダンホラー、南條竹則『セレス』(講談社・1800円)は日本でいちばん浮世離れしていて学のある作家による高度な願望充足ファンタジー(笑)だが、実は題材がカブっている(話も展開も全然違うのでネタバレにはならないと思うが)。シンクロニシティだけは人一倍あるので、またカブりそうで怖いな。それにしても南條さんの小説、とても2091年の話とは思えないのですが(笑)。