[Weird World 99年5月上旬 ]


[5月1日]
 まず昨日の日記から。
 四時に幻冬舎へ赴き、Sさんと「白い館の惨劇」について打ち合わせる。「赤い額縁」より読みやすいかと思いきや、どうもそうではないらしい(笑)。「ディテールは面白いけど全体の構成にやや難がある」というのは、やはり短篇作家の弱点かもしれない。確かに前川清のいない内山田洋とクールファイブという印象はある(今後の課題)。それやこれやで、全体にメリハリをつけて読みやすくする方策を五時間にわたって会談、手を入れれば格段に良くなりそうな手ごたえが出てきた。短篇と違って、長篇は編集者の目から見てもらわないとよくわからないところがあるな(例によって濃い読者には面白いと思うんですけど)。
 また、同時に渡してあったユーモアミステリ連作「田舎の事件」(「活字狂想曲」と並ぶ隠し球)は、一篇追加して(これから書くのだが)七月刊行の予定で進行することになりました。「白い館の惨劇」は九月刊行の予定です。ということは、予定通り進めば六月から翻訳を含めて月刊で本が出るんですね。体力ないし夏は弱いのに大丈夫かなあ。サイコ座談会とSFセミナーの関係で先月は久々に二十冊以上本を読んだのですが、今月からは量が減るでしょう。
 というわけで、今日は忘れないうちにひたすら「白い館の惨劇」の改稿。第一稿を書き終わっている<異形コレクション>の短篇に早めに着手して正解だったかもしれない。


[5月2日〜3日]
 みなさん、こんにちは。黒猫のぬいぐるみのミーコです。
 今日は先生とおでかけしました。SFセミナーの合宿企画(大森望さんの「真夏の前のホラーの部屋」)のゲストに呼ばれたのです。
 出番が遅いため、初参加の先生はお仕事してから六時くらいに会場の旅館へ行きました。すると、いまだに麻雀の負けを悔しがっている浅暮三文さんにバッタリ会ったので、その一行とお食事しました。森下一仁さんの空想ワークショップの生徒さんたちだそうです。ミーコはずいぶんかわいがってもらいました。
 七時から夜の部のオープニングです。ミーコは篠田節子さんにとってもかわいがってもらいました。一コマ目はパスして、一階のロビーでお話してました。掲示板でおなじみの中島晶也さん(実は初対面)、橋詰久子さん(ママ)、巽昌章さん(そのだんなさん)、東雅夫さん、フクさん、福井健太さん、夏来健次さん、小浜徹也さんといったところです。ミーコを抱いて記念撮影もしました。
 二コマ目はいよいよホラーのお部屋です。司会進行役が大森望さん、公式ゲストが先生と東さん、準ゲストが中島さんと笹川吉晴さんです。ミーコは中野善夫さん(初対面)のお弟子さんの吉村さんといっしょにいました。先生は日本のモダンホラーをSFに返して「ソラリス」をホラーにもらおうとしたのですが、大森さんはくれませんでした。やはりSFの話のほうが反応がよかったようです。いろんな人が書くでしょうからこのへんで(実はくわしくおぼえてないの)。
 三コマ目は星敬さんの「作家ってなあに」をママといっしょに聞きました。先生や浅暮さんや北原尚彦さんもいたのですが、いちばん目立っていた客は小浜さんでした。
 四コマ目は「本のひみつ」で、そのあとのオークションに参加しました。これがいちばん盛り上がっていました。先生が買ったのは、ジェラルド・カーシュ『オカルト物語』(大陸書房)三千円、後藤優訳『カンタービル館の幽霊』(珊瑚書房)二千五百円、ジョン・スラデック『スラデック言語遊戯短編集』(サンリオSF文庫)八百円、キリル・ボンフィリオリ『深き森は悪魔のにおい』(同)八百円です。ストリブリングの「緑の血」が載っている『アメージング・ストーリーズ3』(誠文堂新光社)も出たんですけど、SFの人に買われてしまいました。先生と福井さんは「すわ新資料か」と色めき立ったのですが、あとで調べたら『世界ミステリ作家事典』にちゃんと出てました。
 そのあとは八時半のエンディングまで大広間でお話してました。先生は途中でミーコを抱いて寝てしまい、その恥ずかしい姿を写真に撮られました。会場を出たあと、巽・橋詰・中島・フク・福井・夏来のみなさんといっしょに十時半までお茶を飲みました。ほんとに、とってもおつかれさまでした。
 おわり。


[5月4日]
 異形コレクションの短篇に手を入れてメールで送り、「白い館の惨劇」の改稿を最後までひとわたり済ませ、「田舎の事件」の追加短篇のプロットを作って起稿し、書き下ろしを少し進める。国民の休日なのにどうしてこんなに働いているのだろうか?
 さて、古典SF研究会の正会誌「未来趣味」7号が出ました。今回はフランケンシュタイン特集、私は短い翻訳を寄稿しています。同会に参加したのはかなり昔なのですが、古典怪奇小説研究パートにつき寄稿するのは初めてです。なお、同誌の詳しい内容や購入方法については森下一仁さんのサイトに発表される予定です。


[5月6日]
 遅ればせながら、スタニスワフ・レム『虚数』(国書刊行会・2400円)を読了。うーん、ひたすら凄いな。個人的には「エルンティク」と「ビット文学の歴史」が抱腹絶倒でお気に入り(笑わない人もいるだろうけど)、GOLEMの講義録はややかったるかったけれどもラストはOKです。
 それから、「ダカーポ」のインタビューが出たのですが、末尾近くの「ユーモアがマジメより上等と思われていることへの反発」の「ユーモア」と「マジメ」を入れ替えてお読みください。私が言い間違えたのかもしれませんけど、前の発言とつながらないので。


[5月7日]
 本の買い出しを兼ねて紀伊国屋書店南館へ赴き、「編集者が選ぶベストブック」というフェアを見物する。去年は幻冬舎のSさんが『百鬼譚の夜』を選んでくださったのだが、SFセミナーにおける小浜情報によると、今年は東京創元社のKさんに選出していただいたらしい。といっても『赤い額縁』でも『妖かし語り』でもなく、『悪魔の句集』なんですね(笑)。あまり目立つところじゃなくてよかったような気もする。
 そのあと池袋に回り、CDや本を買い入れる。ジュンク堂三階の幻想文学コーナーはなかなかの品揃えで、笹間良彦『怪異・きつね百物語』(雄山閣・2700円)など存在を知らなかった本を購入。私の本もこのコーナーに置いてあるのですが、『活字狂想曲』を探している人は絶対たどりつけないかもしれない。同じ棚に並んでいるのは沼正三と千草忠夫だからなあ(稲生平太郎の幻の名作『アクアリウムの夜』もありましたね)。


[5月8日]
「田舎の事件」の追加短篇が三日で書けてしまう。ホラーだと難渋するのに、ユーモア物だとどうしてこんなにすらすら進むのだろう? やはり私の本質はユーモア作家なのだろうか。確かに、ホラー作家らしく黒い服を着て黒猫を抱くというキャラを立てようと思ったら全然違う方向へ進んでるしなあ。


[5月10日]
「未来趣味」7号に面白い箇所があった。代々木瞭「原抱一庵再考」の前振りで、ワセダの紅野敏郎大教授が注釈をつけた『漱石全集』があまりにも杜撰だと批判しているのである。「弟子や学生を使って本を作るというのは、学者にあっては常套手段であろうとは察していたし、同書の場合、序にゼミの学生を使ったことも明らかにされているが、まさか出来あがった本を見もしていないとは」てな調子。実は、石堂藍さんとは語学も専攻も大学院のゼミも全部同じだったのですが、なぜ同時に紅野ゼミをやめて中退したかと言うと、『正宗白鳥全集』に注釈をつける仕事を強引に押しつけられたからなんですね(笑)。懐かしく思い出しました。昔と同じことやってるんですな。
 それから、「米田泰一インタビュー」を読み、歌人の藤原龍一郎氏がSFに関係していたと知ってびっくり。幻想文学的には俳人・藤原月彦のほうが有名で、実は同じ「豈」の同人だったりするんです。世間は狭い。
 なお、幻の俳句同人誌と言われている「豈」(書店では売っていません)は、このたび31号が出ました。あまり出来のよくない「廃児」25句が掲載されています(『悪魔の句集』の書評もあり)。俳句に興味のある方がいるかどうかわかりませんけど、お問い合わせは下記の事務局まで。定価は送料込みで千円です(なお、電脳化はされておりません。事務局長は手書きで旧字旧かなです)。
 〒338-0003 与野市本町東7−6−11 酒巻英一郎


[5月12日]
 正午より千駄木で幻冬舎のSさんと打ち合わせ。「田舎の事件」と「白い館の惨劇」の加筆改稿版FDを渡す。実現したらすごいなという話をちらっと聞いたけれども、これはまだ発表段階じゃないので秘密。
 今月は翻訳のゲラもあるから、早めに40枚の短篇に着手する。同時進行している書き下ろしはホラー2、ミステリ1なのですが、やはり簡単に人を殺せるホラーのほうが進むな。田舎の病院が舞台のミステリは、二階と三階の図面を引かないと話が前へ進まないことが判明。外科と精神科だけで手術室の裏に霊安室がある皿沼病院なんて、いったい誰が行くのかという気もしますが(笑)。


[5月13日]
 翻訳のゲラに加え、祥伝社より「魔界都市ブルース」の既刊分がどっと届く。菊地さんのご指名で第三巻の文庫解説を書くことになったのである。R・E・ハワード『黒の碑』(創元推理文庫)以来だから、8年ぶり2度目。なんだか高校野球みたいだな。
 SFセミナーでミーコをかわいがっていただいたお礼に、いままで「聖域」と「美神解体」だけだった篠田節子さんの小説を読んでおります。やはり圧巻は『神鳥 イビス』(集英社文庫)。これは日本モダンホラー(モダン・ホラーでもパッケージ名称としての「モダンホラー」でもない、コアなモダンホラー。ああ面倒)の傑作でしょう。本格ホラージャパネスクに歴史ミステリー、SF、キャラの立ったロマンスなどを配合、文章やディテールも実に丁寧。いや、堪能しましたね。


[5月14日]
 頂き物の福田葉子句集『蝉領』(花神社・2600円)を読了。これで「幻想文学」の俳句時評は復活できそう。俳句はスランプで句会にもご無沙汰しているのだが、「俳句が絶好調で小説がスランプ」だったらたちまち干上がるから、まあOKでしょう。
 さて、句集がなぜこんなに高いかというと、もちろん部数が少ないからですね。かつて頻繁に見かけた加藤郁乎『江戸桜』でも900部、四六判句集で千部はけたらベストセラーでしょう。そういえば、むかし俳句の集まりで『怪奇十三夜』が1600部だと言ったら、「それはすごい」「多いですね」とやたら感心されましたな(笑)。