[6月1日]
まずは昨日の日記から。
一時より「小説すばる」のOさんと打ち合わせ、短篇の原稿を渡し、今後の予定をうかがう。毎月何か短篇があり、書き下ろしは三冊並行、来月は解説が二本、ゲラの再校が二冊分あるんですね。ありがたい話なんですけど……。
そのあと、Oさんの案内で初めて「いづもそば」を食す。いくら舌がバカで食べ物にまったく執着のない(ただし極端な偏食)私でも、ふだん食べているコンビニのそばと違うことはよくわかった(ひょっとすると、食べ物の話をするのは初めてかもしれない)。
さて、今日の日記です。
「田舎の事件」のゲラを返送、やっと部屋からゲラがなくなる。昨日渡した短篇の評価が気になっていたのだが(「何ひとつ説明しないぞ!」という意気込みで書いたもので)、幸い好評だったからほっとした。タイトルは「面」、掲載は8月号の予定です。
話変わって、「幻想文学」55号「特集ミステリVS幻想文学」が出ました。書評・俳句時評・翻訳はお休みなのですが(申し訳ないです)、「幻想文学大事典」をめぐる座談会とアンケートで登場しています。
ただならぬ充実ぶりなので、特に印象に残った箇所のみ取り上げます(敬称略)。まず麻耶雄嵩インタビューでクイーン「第八の日」の名が挙がっているのですが、どうも似たようなことを考えている(笑)。私がぼんやりと構想している「紫の館の恐怖」は新興宗教をひとつ教義を含めて作る必要があるので、刊行は三年後の予定(これじゃ恩田陸だな→アンケート参照)。後半で麻耶雄嵩と私に言及しているのが福井健太「合理と幻想が融合する巨木」、さながら水のように流れる論理と文章が心地いい。対照的に、渦巻のような力作が千街晶之「<アンチ・ミステリー>という怪物」、暗号から暗合へという課題が見つかったのは個人的な収穫だった。ひたすら勉強になるのが横山茂雄「ミステリの淵源を探る」、ジャンル・プロパーではない前史を含むミステリ史ってほんとに難しいな。ミステリ・マインドはなぜ生まれたかとか、そういう原理的な問題も関わってくるし。
この調子で紹介しているとキリがないのでやめますが、いずれにしてもミステリファンは必携でしょう。
と、浮かれていたら反省すべきことがあったので落ちこむ。
それにしても、「自分は十分すぎるほど冷静だと思いこんでいるのに、誰が見ても逆上している」ということが過去に何度もあった。『活字狂想曲』にも書いたけれども、鉛筆をボキボキ手で折って怒りを抑えているつもりだった(これは誰が見ても怒っている)。自分に危ない部分があるということは十分すぎるほど自覚しているつもりでいたのだが、これまた錯覚だったかもしれない。
[投稿記録、あるいは苦節二十年の歩み]
×(初戦敗退)、△(一次のみ)、▲(準決勝敗退)、〇(決勝敗退)
1979〜81年(19〜21歳)×
「文学界」3回、「中央公論」1回、「群像」1回、「新潮」1回、計6回(作品は一部重複)。
*ただし、マイナーリーグの文芸誌「抒情文芸」では4戦3勝。当時は、自分の書くものは純文学だと思いこんでいた(笑)。
1982(22歳)〇
「早稲田大学百周年文芸コンクール(短歌部門)」選外佳作第一席(受賞作なし)
*手元にはないのだが、「早稲田文学」に載っているはず。賞金は三千円だったかな。
1983(23歳)× 「角川短歌賞」
*いまだに歌人と書いてある資料が多い。俳人に改めてください。
1984(24歳)△ 「SFマガジン」新人賞−IT(この作品は廃棄)
× 「ショートショート・ランド」コンテスト
*だから『ホシ計画』には名前がないんですね。ぐすぐす。
1985(25歳)▲ 第一回「幻想文学」新人賞−インサイダー
1986(26歳)〇 第二回「幻想文学」新人賞−百物語異聞
*このあと、二冊の短篇集『地底の鰐、天上の蛇』『怪奇十三夜』を上梓。投稿はしばらくお休み。
ただし、1990〜91年「俳句空間」投稿欄で5戦3勝、俳人への道を開く。
1992年、友人とミステリの合作を開始(ペンネーム桜克光。以下(桜)と略記)
1993(33歳)▲ (桜)「江戸川乱歩賞」−二十四時間の闇
× (桜)「サントリー・ミステリー大賞」−彼方からの水
*コンビを解消した岡嶋二人の後釜を狙ったのである。メインプロットは友人が作り、合議のうえ執筆を分担、私が仕上げをするというスタイルで、よせばいいのに社会派テーマだった(笑)。
1994(34歳)× (桜)「推理サスペンス大賞」−天使が鳴らす鐘
× (桜)第一回「日本ホラー小説大賞」−悪夢の迷路
× (桜)「小説推理」新人賞−殺意
× (桜)「オール読物」推理小説新人賞−殺意
*ホラーの合作は木に竹を接いだようなものになってしまった。
1995(35歳)× (桜)「横溝正史賞」−天使が鳴らす鐘
× (桜)第二回「日本ホラー小説大賞」(長編部門)−リッパーズ
〇 第二回「日本ホラー小説大賞」(短編部門)−赤い羽根の秘密
▲ 第二回「日本ホラー小説大賞」(短編部門)−ラストショット
(どちらを残すかは編集部判断)
× 「江戸川乱歩賞」−42.195
× (桜)「江戸川乱歩賞」−彼方からの水
× (桜)「鮎川哲也賞」−赤き死の館
× 第二回「創元推理」短編賞−白昼の猫
*ホラー大賞に短編部門ができたため、9年ぶりに単独投稿を再開。
また、最初の乱歩賞だけで連戦連敗のため合作をやめる。
1996(36歳)▲ 第三回「日本ホラー小説大賞」(短編部門)−底無し沼
(予備選は通過、編集部判断で落ちる)
× 「横溝正史賞」−Tの幻影(42.195改題)
× 「松本清張賞」−ファイナル・ショット
▲ 第八回「日本ファンタジーノベル大賞」−大青山ワンダーランド
*このときのファンタジーノベル大賞の最終候補作を全面改稿した作品が浅暮三文さんの「ダブ(エ)ストン街道」。だからバッタリ会ったり担当がかぶったりするのだろう。ちなみに、話も少しかぶっていました。
1997(37歳)▲ 第四回「日本ホラー小説大賞」(短編部門)−紅豆腐
(一次通過以外、経緯は聞いていないが)
○ 第四回「新風舎出版賞」優秀賞(最優秀賞にあらず)
−田舎の事件
*優秀賞は賞金五万円。そのまま本になるのかと思いきや、「全額自腹なら」という話だったので断る。その後、某社に持ちこんでボツになったあと、全面加筆改稿、書き下ろしを加えて(だから別ヴァージョンです)7月か8月に幻冬舎から上梓の予定。本の運命はわからない。
*同年、ホラー大賞の落選作を含む『百鬼譚の夜』(出版芸術社)で再デビュー。以降は書き下ろしに専念、受賞なしのままめでたく投稿を卒業する。
というわけで、賞金の総額は五万三千円ですね(爆笑)。
原稿用紙代にもなっていない。