[Weird World 99年6月上旬 ]


[6月1日]
 まずは昨日の日記から。
 一時より「小説すばる」のOさんと打ち合わせ、短篇の原稿を渡し、今後の予定をうかがう。毎月何か短篇があり、書き下ろしは三冊並行、来月は解説が二本、ゲラの再校が二冊分あるんですね。ありがたい話なんですけど……。
 そのあと、Oさんの案内で初めて「いづもそば」を食す。いくら舌がバカで食べ物にまったく執着のない(ただし極端な偏食)私でも、ふだん食べているコンビニのそばと違うことはよくわかった(ひょっとすると、食べ物の話をするのは初めてかもしれない)。
 さて、今日の日記です。
「田舎の事件」のゲラを返送、やっと部屋からゲラがなくなる。昨日渡した短篇の評価が気になっていたのだが(「何ひとつ説明しないぞ!」という意気込みで書いたもので)、幸い好評だったからほっとした。タイトルは「面」、掲載は8月号の予定です。
 話変わって、「幻想文学」55号「特集ミステリVS幻想文学」が出ました。書評・俳句時評・翻訳はお休みなのですが(申し訳ないです)、「幻想文学大事典」をめぐる座談会とアンケートで登場しています。
 ただならぬ充実ぶりなので、特に印象に残った箇所のみ取り上げます(敬称略)。まず麻耶雄嵩インタビューでクイーン「第八の日」の名が挙がっているのですが、どうも似たようなことを考えている(笑)。私がぼんやりと構想している「紫の館の恐怖」は新興宗教をひとつ教義を含めて作る必要があるので、刊行は三年後の予定(これじゃ恩田陸だな→アンケート参照)。後半で麻耶雄嵩と私に言及しているのが福井健太「合理と幻想が融合する巨木」、さながら水のように流れる論理と文章が心地いい。対照的に、渦巻のような力作が千街晶之「<アンチ・ミステリー>という怪物」、暗号から暗合へという課題が見つかったのは個人的な収穫だった。ひたすら勉強になるのが横山茂雄「ミステリの淵源を探る」、ジャンル・プロパーではない前史を含むミステリ史ってほんとに難しいな。ミステリ・マインドはなぜ生まれたかとか、そういう原理的な問題も関わってくるし。
 この調子で紹介しているとキリがないのでやめますが、いずれにしてもミステリファンは必携でしょう。


[6月2日]
 キャシー・コージャ『虚ろな穴』(ハヤカワ文庫・780円)を読了。「本書はホラーというジャンルにとどまらないし、ホラーという看板だけに縛られることもない」とはローカス誌の評だが、私はホラーというジャンルにとどまって積極的に評価すべき作品だと思う。面白いけど怖くない活劇調の救いのあるモダンホラーが氾濫するなか、終始ベクトルが下に向かうこの作品は一服の清涼剤といえる。惜しむらくは、中盤における人間の描きこみがジャンル・ホラーとしてはややマイナスに働いていることだが、このあたりは好みの問題だろう。いずれにせよ、本年度のベスト3候補の作品。
  

[6月3日]
 牧野修『偏執の芳香[アロマパラノイド]』(アスペクト・1800円)を読了。うーん、負けちゃいられないな。なお、この作品については「幻想的掲示板」で話題になっておりますので、詳細はそちらで(こう書くと、ますます掲示板直行者が増えるような気がするが)。


[6月4日]
 東京創元社より英米女流怪談集『エレガント・ナイトメア』のゲラが届く。大変長らくお待たせしておりますが、刊行へと大きく前進しましたので(笑)、いましばらくお待ちください(何月に出るかは未定ですが)。ゲラがなくなったのはたった二日間でしたな。
 話変わって、「幻想的掲示板」に山尾悠子さんの新作について書きこんだところ、望外にもご本人からお返事をいただき仰天する。あんなに驚いたのは久々だった。ありがとうございました。


[6月5日]
 新宿でダービーの前売りを買ったあと、某掲示板の一部で話題になっている「太田裕美ボックス[限定版]」を探すが見つからず、悄然として帰る。それにしても、どうして新宿へ行くたびに道に迷うのだろうか。ひょっとしたら、高田馬場より大きい街には脳の容量が対応しきれないのかもしれない(どんな頭やねん)。
 なお、桜花賞以来となるダービーは、十年来のファンである加藤和宏騎手が乗るペインテドブラックと心中。単勝五千円も勝負するのは十年ぶりかもしれない。
(結果を書く気力がわかないので、6月6日は空白です)


[6月7日]
 三度目の正直で『太田裕美の軌跡』(CD6枚組BOXセット・11000円)を購入。別ヴァージョンやCMソングも含む25年間の集大成です。限定版だから、ことによると最後の一葉(この手紙着いたらすぐにー、お見舞いに来てくださいねー……歌うなって)ならぬ最後の一セットだったかもしれない。うれしいなー(だんだん内容がなくなってきているような気がするぞ)


[6月8日]
 七時より神保町で講談社のAさんと打ち合わせ。長篇の最初の百枚を渡す。「偏執の芳香」の感想戦のあと、去年のジャック・ケッチャムに続いてガイ・バート「体験のあと」を強力にプッシュする。河岸を変えて、書けない話もろもろに続き、太田裕美と甲斐バンドで盛り上がる。どうしてこんなに趣味が似ているのだろうか(ジェシカ・ハーパーをはじめ、同様に趣味が似ている綾辻さんの担当でもあるのですが)。
 さて、Aさんから聞いて椅子から転げ落ちそうになった話です。カラオケで、ある客が中島みゆきの「世情」を歌ったところ、「シュプレヒコールってどこにあるんですか?」とたずねた人がいたとか。あのー、シュプレヒコールは海岸でも保養地でもないんですけど。確かに「シュプレヒコールの波」って歌ってるけどなあ……。
 

[6月10日]
 一時より神保町で廣済堂出版のSさん、Fさんと打ち合わせ、異形招待席第1弾『死の影』(552円)および異形コレクション第11弾『トロピカル』(762円)を受け取る。前にも書きましたが、『死の影』はちょうど十冊目の著書で初の文庫本です。店頭には15日、遅くとも16日には並ぶ予定です(一部のコンビニにも入ります)。異形コレクションと似たようなデザインで、カバーと口絵のイラストはトレバー・ブラウンさんですから、すぐわかると思います。また、『トロピカル』には「屍船」という短篇を寄稿しています(これはダーク・ファンタジーかもしれない)。なお、異形招待席の第2弾は牧野修さんの『リアルヘヴン(仮)』で、8月刊行の予定です。
 今日は久々にお休みにして、本をなでさすりながら太田裕美を聴こうと思います。わーい!


[6月11日]
 菊地さんの解説の第一稿がやっと仕上がったと思った瞬間、井上雅彦さんから原稿入りの宅急便が届く(これも解説)。こういうシンクロニシティはどうもなあ。
 廣済堂出版のSさんから『死の影』の初版部数をうかがう。第一短篇集が千二百部だったから、伸び率(倍率)なら京極さんに勝ってるぞ(ああ、失笑が聞こえる)。なお、著者・編集人ともにとうに品切れだと思いこんでいた第一短篇集は、若干ながら発行人のもとに在庫があるそうです。詳しくは幻想的掲示板をごらんください。

 と、浮かれていたら反省すべきことがあったので落ちこむ。
 それにしても、「自分は十分すぎるほど冷静だと思いこんでいるのに、誰が見ても逆上している」ということが過去に何度もあった。『活字狂想曲』にも書いたけれども、鉛筆をボキボキ手で折って怒りを抑えているつもりだった(これは誰が見ても怒っている)。自分に危ない部分があるということは十分すぎるほど自覚しているつもりでいたのだが、これまた錯覚だったかもしれない。


[6月13日]
「エレガント・ナイトメア」のゲラ校正の一回目を終える。ずいぶん昔に訳したものだから、もう一度見ないとだめだな。「田舎の事件」の再校も届いたし、またゲラ地獄です。
 なお、先日リチャード・マシスン『奇蹟の輝き』(創元推理文庫・720円)を頂戴した尾之上浩司さんによると、フレッド・チャペル『ダゴン』がようやく年内刊行に向けて始動したそうです。期待しましょう。
 

[6月14日]
 三時より神保町で祥伝社のYさん、Kさんと打ち合わせ。解説の原稿を渡し、校閲や表記の話で盛り上がる(渋いな)。解説は評論とは似て非なるものだから、どうもスタンスの取り方が難しい。


[6月15日]
 なかなか本が読めず内容が乏しくなってきたので、とっておきのネタを出します。
 投稿記録です。
 落選が続いている作家志望の皆さん、元気を出してください。
 こんなに落ちても大丈夫です。

[投稿記録、あるいは苦節二十年の歩み]

 ×(初戦敗退)、△(一次のみ)、▲(準決勝敗退)、〇(決勝敗退)

1979〜81年(19〜21歳)× 
「文学界」3回、「中央公論」1回、「群像」1回、「新潮」1回、計6回(作品は一部重複)。
*ただし、マイナーリーグの文芸誌「抒情文芸」では4戦3勝。当時は、自分の書くものは純文学だと思いこんでいた(笑)。

1982(22歳)〇
「早稲田大学百周年文芸コンクール(短歌部門)」選外佳作第一席(受賞作なし)
*手元にはないのだが、「早稲田文学」に載っているはず。賞金は三千円だったかな。

1983(23歳)× 「角川短歌賞」
*いまだに歌人と書いてある資料が多い。俳人に改めてください。

1984(24歳)△ 「SFマガジン」新人賞−IT(この作品は廃棄)
× 「ショートショート・ランド」コンテスト
*だから『ホシ計画』には名前がないんですね。ぐすぐす。

1985(25歳)▲ 第一回「幻想文学」新人賞−インサイダー
1986(26歳)〇 第二回「幻想文学」新人賞−百物語異聞
*このあと、二冊の短篇集『地底の鰐、天上の蛇』『怪奇十三夜』を上梓。投稿はしばらくお休み。
 ただし、1990〜91年「俳句空間」投稿欄で5戦3勝、俳人への道を開く。
1992年、友人とミステリの合作を開始(ペンネーム桜克光。以下(桜)と略記)

1993(33歳)▲ (桜)「江戸川乱歩賞」−二十四時間の闇
         × (桜)「サントリー・ミステリー大賞」−彼方からの水
*コンビを解消した岡嶋二人の後釜を狙ったのである。メインプロットは友人が作り、合議のうえ執筆を分担、私が仕上げをするというスタイルで、よせばいいのに社会派テーマだった(笑)。

1994(34歳)× (桜)「推理サスペンス大賞」−天使が鳴らす鐘
         × (桜)第一回「日本ホラー小説大賞」−悪夢の迷路
         × (桜)「小説推理」新人賞−殺意
         × (桜)「オール読物」推理小説新人賞−殺意
*ホラーの合作は木に竹を接いだようなものになってしまった。

1995(35歳)× (桜)「横溝正史賞」−天使が鳴らす鐘
         × (桜)第二回「日本ホラー小説大賞」(長編部門)−リッパーズ
         〇 第二回「日本ホラー小説大賞」(短編部門)−赤い羽根の秘密
         ▲ 第二回「日本ホラー小説大賞」(短編部門)−ラストショット
         (どちらを残すかは編集部判断)
         × 「江戸川乱歩賞」−42.195
         × (桜)「江戸川乱歩賞」−彼方からの水
         × (桜)「鮎川哲也賞」−赤き死の館
         × 第二回「創元推理」短編賞−白昼の猫
*ホラー大賞に短編部門ができたため、9年ぶりに単独投稿を再開。
 また、最初の乱歩賞だけで連戦連敗のため合作をやめる。

1996(36歳)▲ 第三回「日本ホラー小説大賞」(短編部門)−底無し沼
         (予備選は通過、編集部判断で落ちる)
         × 「横溝正史賞」−Tの幻影(42.195改題)
         × 「松本清張賞」−ファイナル・ショット
         ▲ 第八回「日本ファンタジーノベル大賞」−大青山ワンダーランド
*このときのファンタジーノベル大賞の最終候補作を全面改稿した作品が浅暮三文さんの「ダブ(エ)ストン街道」。だからバッタリ会ったり担当がかぶったりするのだろう。ちなみに、話も少しかぶっていました。

1997(37歳)▲ 第四回「日本ホラー小説大賞」(短編部門)−紅豆腐
    (一次通過以外、経緯は聞いていないが)
         ○ 第四回「新風舎出版賞」優秀賞(最優秀賞にあらず)
           −田舎の事件
*優秀賞は賞金五万円。そのまま本になるのかと思いきや、「全額自腹なら」という話だったので断る。その後、某社に持ちこんでボツになったあと、全面加筆改稿、書き下ろしを加えて(だから別ヴァージョンです)7月か8月に幻冬舎から上梓の予定。本の運命はわからない。
*同年、ホラー大賞の落選作を含む『百鬼譚の夜』(出版芸術社)で再デビュー。以降は書き下ろしに専念、受賞なしのままめでたく投稿を卒業する。

 というわけで、賞金の総額は五万三千円ですね(爆笑)。
 原稿用紙代にもなっていない。