[Weird World 8月上旬]


[8月1日]
 こう暑いと自宅から半径百メートル以上出歩く気がしませんね。またゲラが届いたし、下旬に夏休みが……あるのだろうか?
 七月の執筆枚数は201枚、全休は3日、一日平均執筆枚数は7.2枚でした。先月より落ちたのは、前半に集中したパーティ、長篇の改稿作業、カラオケ4回、後半の猛暑などが原因です。
[8月2日]
 由良君美『メタフィクションと脱構築』(文遊社・3500円)を読了。ここでは掲示板で予告した模型の件にのみ言及します。
 あまり評判のよくないトドロフ「幻想文学序説」を批判するかたちでクリスチン・ブルック=ローズという人が「非リアルなものの修辞学」なる書物を書き、ややこしい議論を展開しているのだそうです。それを由良氏が簡潔にまとめたのが下の図式です。

      リアリズム

  不気味      驚異

      ファンタジー

 この四つを×で隔て、円で囲むと平面図が完成します。由良氏は対談の中で次のように説明しています。
「リアリズムとファンタジーが上下に根を接して、左に〈不気味〉、右に〈驚異〉があって根を接し、互いの浸透度で、いろいろの文学のスペクトルが生まれる。リアリズムを共有しながら、ファンタジーが驚異の方角に働くと、主としてSFが生まれる。不気味の方に働くと不条理文学やお化け物語系が生まれると考えられます」
 この分類における〈不気味〉は美学的な幅を持たせたものでしょう。
 さて、この図、実は座標軸が一本足りないのです。「ファンタジーが驚異の方角に働くと、主としてSFが生まれる」という主張には若干首を傾げます。これは硬質なファンタジーにしかならないのではないでしょうか。さらに、この図ではミステリの入る余地がありません。
 そこで、「論理−非論理」という垂直の座標軸を立ててみました。上記の図を垂直方向に延ばした円筒形の模型をご想像ください。さらに四つのジャンルを当てはめると次のようになります。

  ミステリ SF 論理

ホラー ファンタジー 非論理

[不気味] [驚異]

 これだとミステリやSFが優越するように見えるので、天地を逆にすることも可能です。この場合は「非論理」ではなく「超論理」が用語として妥当でしょう。
 
  ホラー ファンタジー 超論理

  ミステリ     SF 論理

[不気味] [驚異]

 ここでは便宜上「論理・非論理」の模型で話を進めます。
 重要なのは、これは積み木のような模型ではないということです。円筒形の水槽をイメージしてください。
 さて、〈不気味〉と〈驚異〉は非論理から論理へ向かうスペクトルによってそれぞれ洗われます。「洗われる」というのは少しわかりにくい言い方ですが、同じ不気味でも下層と上層では質が違ってくるわけです。ゆえに、論理に洗われたミステリにおける不気味とホラーにおける不気味は、一見すると別種のものに感じられます。しかしながら、確実に通底しているのです。なお、〈リアリズム〉と〈ファンタジー〉も同様に洗われるのですが、これは階層的ではなく水のように流動しているイメージです(ちょっとまとまっておりませんが)。
 また、ホラーとSF、ミステリとファンタジーは対角線に位置しますが、ここには〈対角線張力〉とでも称すべきものが機能しています。前者に関しては日本のエンターテインメント史が好例ですし、後者については、本格ミステリの設定や舞台などが限りなくファンタジーに接近することを一例として挙げておきます。
 それで、個々の作品ですが、これは一点では図示できません。イメージとしては水槽の中の魚です(いろいろな形の魚がいる)。
 以上が「ブルック=ローズ−由良−倉阪模型」です。実用化はされないような気がしますけど(笑)。突っこみは「幻想的掲示板」でお待ちしています。


[8月3日]
 三時に出版芸術社に赴き、『緑の幻影』の装幀の件で原田社長、西村有望画伯と打ち合わせ。「幻想文学」「モダンホラースペシャル」などでおなじみの西村画伯とは初対面、ずいぶん大きな人だった。サンプルを三つも作ってきてくださったので、使用する絵(特異な画風だから自ずと限られてくる)やデザインや色調などについて延々と相談。色チップまで持ち出して打ち合わせるのは初めての経験で面白かった。これまでは編集者任せだったのだが、社長の不案内なクトゥルー物ということもあり、今回は全面的に参加しています(帯まで自分で書いた)。刊行は九月中旬の予定。
[8月5日]
 まだ光明の見えない書き下ろし二つと短篇を少しずつ進め、『緑の幻影』のあとがきを書いてゲラを見る。つまらない生活です。
[8月6日]
 久々に「幻想文学」の俳句時評を書く。翻訳はさすがに手が回らない。書き下ろしの資料用の本を読まねばならないので小説も読めない。だいたい、自分の小説で頭がいっぱいだからあまり集中できない。出歩くと暑いし息抜きはネットくらいなのだが、掲示板に結構書いてるから遊んでいるように見えてしまう(アズレーより執筆量は多いはずだが)。夏なんて大嫌いだ。

[8月9日]

 イーフー・トゥアン『恐怖の博物誌』(工作舎・2987円)を読了。いや、恐るべき博識で堪能しました。訳もすこぶる読みやすい。べたべた付箋を貼ったけれども、さてどこを使うかな。
[8月10日]
 柴田よしき『ゆび』(祥伝社文庫・650円)を読了。ご本人は掲示板で「全然ホラーじゃない」と言っておられましたが、これはホラーでしょう。モダンホラーの四つの分類に当てはめると「本格モダンホラー」。ただ、ホラーだということをあまり強調するとミスディレクションの部分が機能しなくなる恐れがあるし、かと言って、ホラーと銘打たれていても全然関係のない作品もあるのだから最低限のことは伝えなければならないし、紹介の仕方が難しいですね。
[8月11日]
〈異形コレクション12〉『GOD』(廣済堂文庫・762円)が届きました。「茜村より」という32枚の短篇を寄稿しています。べつに中島みゆきではありません。未整理ですが連番つきの詳細な作品リストを作ってありまして、この短篇は長短とりまぜて百番目の作品になります(発表したもののみ。単行本未収録も含む)。そこで、百を隠しテーマにしてみました。
[8月12日]
 久々にお休みにして伊勢丹の古書展の初日に行く。去年の暮れのほうが濃かったような印象。バッタリ会った牧真司さんも同意見のようだった。懸案のコレクターズ・アイテムである渡辺温『アンドロギュノスの裔』(薔薇十字社)23000円を筆頭に、J・ヒューム他『ゴシック演劇集』(国書刊行会)2500円、マックス・ミルネール『ファンタスマゴリア』(ありな書房)2000円などを購入。紀伊国屋本店でエドマンド・バーク『崇高と美の観念の起源』(みすずライブラリー・2200円)などを買ったあと休憩。購入したばかりの殊能将之『ハサミ男』を少し読んでから、三越南館で遅ればせながらダリ展を観る。画家はルドンがいちばん好きで、根の明るいダリはいまひとつピンと来ないのだが、エビ電話は印象に残った。そのあと、紀伊国屋南館で天沼春樹『夢童子』(パロル舎・1700円)などを購入してから高島屋に回り、太田裕美と久保田早紀のCDを買う。なぜ高田渡がJポップの棚で、太田裕美と久保田早紀が演歌と抱き合わせのフォークの棚なのか合点がいかない。おもちゃ売り場でミーコちゃんのおともだちを探したけれども、どうも東京のぬいぐるみはデフォルメ系ばかりでこれもいかんです。せっかくだから小田急の古書展にも足を運んだが、こちらはいたって薄い。いつ読むかわからないレ・ファニュ『アンクル・サイラス』(創土社)3000円など少しだけ購入。ああ、ずいぶん散財した。
 さて、井上雅彦『異形博覧会V 怪物晩餐会』(角川ホラー文庫・1050円)が届きました。「人はなぜホラー作家になるのでしょうか」という一文で始まる、やや風変わりな解説を書いております(P602の「連帯感もって」は「連帯感をもって」と「を」が入ります。見落としたかなあ)。それにしても、二日連続で異形コレクションが届いたかと思いましたね(厚さがほぼ同じ)。
[8月13日]
殊能将之『ハサミ男』(講談社ノベルス・980円)を読了。洒脱なニーリィといった趣で、久々に面白い国産ミステリを読んだ。平明だがリズム感のある文章、押しつけがましくないマニアネタ(かと思ったら以下略)など、とにかくセンスがよく完成度も高い。今年のベスト1候補でしょう。
 柴田よしき『Miss You』(文藝春秋・1905円)も読了。こちらはふだん読まないタイプのミステリなのだが、主人公が文芸誌の編集者でディテールが面白く、一気に読めた。帯の「ノンストップ」に偽りなし。
[8月14日]
 マリオ・プラーツ『肉体と死と悪魔』(国書刊行会・5000円)を読了。久しく積ん読だったのだが、いざ読みだすと引用も多くすらすら読めた。その分、哲学的もしくは学際的部分に乏しくてやや食い足りないような気もする。澁澤龍彦が推薦文を寄せていて、「久しく私たちの枕頭に置かれていたマリオ・プラーツの名著」と記しているけれども、なるほど「ビザンティウム」のある部分なんてまるで『悪魔のいる文学史』(澁澤のベスト)ですね。