[Weird World 9月下旬]



[9月16日]

 神林長平『言葉使い師』(ハヤカワ文庫・480円)を読了。断然、表題作がいい。私の脳に飛んでくる電波の量が他の作品と違う。なぜだろう? わかるような気もするが、いまひとつ言語化できない。
 小川洋子『妖精が舞い下りる夜』(角川文庫・480円)はエッセイ集。そうか、文芸科の後輩だったのね。それにしても、岡山というのは現実感覚が妙な作家が輩出する風土でもあるのだろうか?


[9月17日]
 小池真理子『薔薇船』(早川書房・1400円)を読了。「記念碑的な幻想作品集」と帯に記されているけれども、わかりやすいアイデアストーリーも交じっており、『水無月の墓』に比べると水準的な作品集といった印象。メタがらみのコードが心地いい表題作、相変わらず音の使い方がうまい「鬼灯」、あまりいい役ではないけれども猫のミーコが登場する「首」がベスト3。
 幸森軍也『そして、またひとり…』(角川ホラー文庫・667円)も読了。カウントダウン・ホラーかと思って読んだのだが……。


[9月18日]
 ロバート・シルヴァーバーグ『内死』(サンリオSF文庫)を読了。アイデアはSFだが、感触は普通小説。わりと感情移入できる主人公だしメタを含むディテールも面白く、個人的な評価は結構高いのだが、SFファンのウケがよくなかったのはうなずける。超能力テーマの書き下ろしをぼんやりと構想しているので、コードを考える刺激にもなった。
 今週は読書に関してはいいペースだった。この調子で一週間十冊のペースを守ったら……さすがにまずいでしょうな。



[9月19日]

 フランク・デ・フェリータ『カリブの悪夢』(角川書店・品切)を読了。登場人物はわずかに四名、舞台はほとんどクルーザーの中という、私が書いたら50枚で終わってしまいそうな話。後半の盛り上がりは一部の評判どおりで満足だが、これはただのサイコスリラーではない。実は微妙な仕掛けがしてあってホラーにもなっているのだ。いずれにしても作者の力量を感じさせる作品。このような小説が85年のハードカバーの初版でしか読めないとは……。


[9月20日]
 久々に神保町を回る。こないだ紹介した「夜の翼」は近所の古本屋で800円だったからてっきり品切れだと思っていたのだが、思い切りイキてるじゃないの。疎い私が悪いのだが、なんだか釈然としない気分。
 五時半より、講談社のAさん、U山さんと打ち合わせ。「迷宮 Labyrinth」の原稿を渡す。今後、ミステリ(に分類されるであろう、パズラーを含む小説)は、幻冬舎のシリーズと講談社ノベルスを交互に書くことになりました(年二冊)。これだけでも大変なのだが(面倒になるのは目に見えているので)、ホラーの書き下ろしが現在執筆中の作品を含めて四冊、「田舎の事件」シリーズ(あれは分類できないから「ユーモア・ミステリ」になっているので、私の感覚ではミステリじゃないのですが)は毎年一冊ずつ書き下ろし、短篇はほぼ毎月、おまけに翻訳が一冊あるんですけど……ミーコは手伝ってくれないしなあ。
 とりあえず、長篇を進めながら来年書く作品のプロットを作ることにしよう。


[9月21日]
 丸山圭三郎『ソシュールを読む』(岩波書店・1900円)をやっと読了。べたべた付箋をつけたけれども、さてどれだけ理解できたか、ことに記号学がらみのところは実に心もとない。感覚としては瞬間的によくわかるのだが……。それから、学生時代は流行もあってロラン・バルトを結構読んだけれども、ソシュールから入らないとだめなのね。いまから再読する気にはなれませんが。


[9月22日]
 みなさん、こんにちは。黒猫のぬいぐるみのミーコです。今日はクラニーといっしょに江戸川乱歩賞のパーティに出ました。バッグに入っているときはわからないので、クラニーが書きます。
[クラニー]六時前に会場へ。堺三保さんと立ち話をしたあと、我孫子武丸さんの隣に座っていると、向こうからふらふらと帝国ホテルの客とは思えない白いTシャツ姿の男が近づいてきた。誰かと思ったら田中啓文さん、今日のお笑いの人は一名のみ。主な初対面は、敬称略・五十音順に愛川晶、青山智樹、新井素子、北村薫、北森鴻などの方々。途中からミーコを出す。
[ミーコ]ミーコは何度もほんものと間違えられました。柴田よしきさん、図子慧さん、ひかわ玲子さんなどのみなさんにとってもかわいがっていただきました。わーい。
[クラニー]西澤保彦さんから恩田陸さんの飲み会へお誘いを受けたのだが、ミス連でお会いしたばかりだし、とりあえず場の流れで二次会へ。その前に、柳下毅一郎さんからデレク・A・スミシー『コリン・マッケンジー物語』(パンドラ・1500円)という怪しげな訳書を頂戴しました。二次会は同ホテルのスカイラウンジ。喜国雅彦さんが振った「パノラマ島を造るとしたら?」という話題に、竹本健治さんが「碁かな……」と答えたのが今日のひと言です(笑)。そのあと、笠井潔さん(初対面)、綾辻行人さんとともに結構濃い話をする。
[ミーコ]三次会へいく前に、ロビーで法月綸太郎さんがつくった「ねこ新聞」を見ました。クラニーも「ミーコ新聞」をつくってくれないかな?
[クラニー]三次会は数寄屋橋のビッグエコー。最初の二時間くらいは雑談モード。さる恐ろしい部屋の写真が印象に残る(笑)。出席者は席順に(違ってるかも)さいとうよしこ、法月綸太郎、千街晶之、夏来健次、我孫子武丸、喜国雅彦、綾辻行人、大森望、集英社のC塚、K原、田中啓文、河内実加。「ルイジアナ・ママ」とかおとなしく歌った程度。綾辻さんの歌を初めて聴いて「さすがに松本楽志君の師匠だ」と妙な感心をした。五時ごろ解散、三々五々タクシーで帰るなか、まったくの宿無しで上京してきた夏来健次さんに付き合い、千街さんとともに駅までぶらぶら歩く。


[9月23日]
 たびたび失礼します。黒猫のぬいぐるみのミーコです。中野善夫さんと弟子のY村さんが九州から学会で上京されてきたので、五時からお茶の水(水道橋に移動)で飲み会がありました。出席者は、南條竹則、東雅夫、西崎憲、櫻井清彦、藤原義也という濃いメンバー。なにしろ「魔法の本棚」の訳者が四人もいます。ミーコは美人歯学者のY村さんにとってもかわいがっていただきました。でも、猫ぎらいの中野さんはミーコが近づくといやがってました。お話は途中から濃くなって、まるで「幻想的掲示板」でした。よく飽きないものです。
 二次会を経て三次会はカラオケ。東、西崎、櫻井、Y村さんが残りました。クラニーが初めて歌ったのは「渚の『・・・』」「織江の歌」など。よく飽きないものです。山崎ハコがあんなにウケたのは初めてだと喜んでました。十二時半前に解散。みなさんおつかれさまでした。おわり。


[9月24日]
「pontoon」10月号が届きました。野崎六助さんによる「田舎の事件」の書評が載っています。「倉阪鬼一郎とは何者なのか」という一文で始まるのですが、途中の「倉阪の十三の秘密の顔」には思わず笑ってしまいました。今後は〈怪奇十三面相〉を名乗ろうかな(笑)。


[9月25日]
 淡谷のり子は亡くなったけれども、「九段の母」を歌った塩まさるは未だ現役です。これは意味のない前ふりで、たまっていた読了本をご紹介。
 R・A・ラファティ『子供たちの午後』(青心社・品切)は一冊だけ未読だった邦訳短篇集。「究極の被造物」「この世で一番忌まわしい世界」「彼岸の影」がベスト3。地球や世界をスライスしていって最後に突出するものの感触はホラーに近い。カニバリズムだけでも多いよなあ。
 小川洋子『妊娠カレンダー』(文春文庫・380円)『完璧な病室』(福武文庫・450円)所収の五篇では「妊娠カレンダー」がベスト。下手なサイコスリラーを読むくらいなら純文学のほうがよほどいいです。文章のリズムが合う。
 五十嵐譲介ほか編『連句 理解・鑑賞・実作』(おうふう・2000円)は、ゆえあって通読。連句はアナログとデジタルの妙なる融合という見地からも高く評価できますね。囲碁もそうです。やはり東洋人のほうがトータルな頭はいいかも。



[9月26日]

 永瀬唯ほか『京極夏彦の世界』(青弓社・1600円)を読了。ストリブリング「ベナレスへの道」に関する考察を含む野崎六助「京極夏彦論・再説」が最も興味深かった。ことにP204は重要。ちなみに、私が配合しようとしているミステリは、鷹城宏「あやつりの宴」P169で述べられている「確率論的な世界観を前提」としたものにかなり近いです。ヒーロー系の探偵は嫌いだし。
 男子マラソンの犬伏選手(ノーマーク)がベルリンで6分台を出して仰天したのだが、ずいぶん扱いが小さかったような気がする。秋場所のこの一番は特になし。来場所は輝面竜が超スロー関取昇進を決めるかどうかが焦点。


[9月27日]
 ヤングアダルトとアダルトの違いについて、読書量が足りてきたら考察しようと思っていたけれども、あえなく中途で断念しました。全×巻のシリーズは初手から読む気がしないし、どうせ読むなら面白そうなものをと思って買うからおのずと偏ってしまう。ちなみに読了本だけ著者五十音順に記すと、石田一『斬魔京都変』(ソノラマ文庫)、大塚英志『多重人格探偵サイコ1・2』(角川スニーカー文庫)、甲斐甲賀『こうもり城へようこそ!』(小学館スーパークエスト文庫)、しんかいちさとみ『ヒ・ミ・ツの処女探偵日記』(ナポレオン文庫)、図子慧『緋色の館』(小学館キャンバス文庫)、高瀬美恵『闇姫の迷宮』(角川スニーカー文庫)『いざよい霊異記』(小学館キャンバス文庫)、田中哲弥『やみなべの陰謀』(電撃文庫)。これではまとまるわけがない(笑)。今後は個別に紹介します。


[9月28日]
 街のイメージをつかむために軽く取材。池袋で新刊とカラオケ用のCDを購入して帰宅。長篇ホラーは折り返しを曲がったところ、現時点で死者25名だから目標の50人をクリアできそうだ。いや、眼目はそこにはないのですが。
 さて、名字をよく間違えられるのだが、具体的にどれくらいの比率だろうかとネットで検索してみた。infoseekでは倉阪鬼一郎190、鬼一郎31、gooでは倉阪鬼一郎163、鬼一郎28、いずれも約15%。ただ、上には上がいるもので、坂東真砂子477、東真砂子117は約20%、菊地秀行1183、秀行775(いずれもinfoseek)に至っては約40%に上る。人の名前は間違えないようにしましょう。


[9月29日]
 ロバート・シルヴァーバーグ『大地への下降』(サンリオSF文庫・絶版)を読了。ラストはいまひとつだけれども、これも細部が丁寧。ニルドーロールは象に似ているという設定だが、どうも牛のイメージばかり浮かんで困った。この「厭な感じ」はホラーの恐怖感とは少し違う。こういったタイプのSFなら書けそうな気もするが。


[9月30日]
 牧野修『リアルヘヴンへようこそ』(廣済堂出版・552円)を読了。異形招待席第2弾だが、第1弾「死の影」と感触が似ていると感じる読者もいるのではないだろうか(ちなみに、執筆時期は第1弾とほぼ同じなので以下はシンクロなのですが)。まず、短篇作家の長篇だからパーツが多く、視点が頻繁に変わる。本書は本文363ページで52パーツ、平均7.0、「死の影」は本文279ページで42パーツ、平均6.6、ただプロローグとエピローグが短いので、これを除くとほぼ同じになる。第二に、採用した方法論が酷似している(どうして同じことばかり考えるかなあ)。あとがきから引用してみよう。
「なんとしてでも怖がらせたい。そう思ってこの物語を書いた。恐怖は人それぞれだ(中略)それでも、そのすべての人を怖がらせたかった。だから私は、生理的な恐怖、心理的な恐怖、現実的な恐怖に、現実では体験できないような恐怖、そのほか怖がらせるためのあらゆるカタチの恐怖をこの物語の中に、そしてこの街の中に詰め込んだ」
 ボクシングに擬して言えば、接近戦でラッシュして多彩なパンチを繰り出す戦法ですね。しかし、これでは相手に学習効果めいたものが生まれてしまい、あまり効かないのです。もちろんこの小説は面白いし、本丸とでも称すべきものを筆頭にイメージの喚起力は例によってすばらしいのですが、こと「怖さ」という一点に絞れば、「死の影」の作者と同様の錯誤があるような気がしないでもありません。どうすれば「怖い長篇ホラー」が書けるか、これは私も試行錯誤中なのですが(いま書いてるのもパーツが多いんだよなあ)。