[Weird World 11月上旬]


[11月1日]
 先月の執筆枚数は211枚、執筆お休みは7日(うち完全休養1日)、一日の平均執筆枚数は8.8枚でした(日記と掲示板を含めたら軽く二桁行ってるんだがなあ)。今月は今年書く予定だった長篇がすべて完了するし、ちょっと楽したいところなのですが……。


[11月2日]
 30枚の短篇の原稿の第一稿を三日で仕上げる。前文で「の」が三つ続いているのは疲れている証拠である。おかげでゲラが進まない。読点を取るべきか否か煙草を一本吸って考えているようでは進むはずがないのだが。


[11月3日]
 岩井志麻子『ぼっけえ、きょうてえ』(角川書店・1400円)を読了。これは期待どおりのハイレベルな短篇集、受賞作は前に書いたような気がするので書き下ろしの三作のみ採り上げます。
 まず、「密告函」のコードは新鮮だった。スーパーナチュラルに現実的な恐怖を配合する場合、通常は現実→スーパーナチュラルの順になるのだが、この作品は逆なのだ。函の機能が絶妙で、新しいマジックを見たような気分。「あまぞわい」も二種類の入れ子の語りが生む重層性が秀逸。「依って件の如し」は最もストレートだが、ラストはきょーてー!(これ、ほんとに流行るのだろうか?)。なお、「幻想文学」のインタビューによると、「私にとってのポイントは猟奇と明治と貧乏」ということですが、個人的な希望を申せば、次はよりホラーとしての縛りがきつい現代物を読みたいなと思います。


[11月4日]
 締切を間違えていた短篇をメールで送る。かなり焦ったけれども人より早いかもしれない。明日から入院なので、いろいろ準備をする。


[11月5〜6日]
 午前中に御茶ノ水の眼科に入院。子供のころに京大病院で受けた眼科手術以来、実に35年ぶりである(体は見かけよりずっと頑健なのだ)。検診のあと、予定時間までは瀬戸川猛資『夢想の研究』(創元ライブラリ・1000円)を読んで過ごし、さらに時間が余ったので掲示板で話題の久生十蘭「湖畔」をまた再読したところでお呼びがかかる。
 局所麻酔なので痛みはないし、もともと見えないほうの右眼なのでタカをくくっていたのだが、いざ手術台に乗せられると小酒井不木の「手術」だのナチスの生体実験だの「ゾンゲリア」だの不吉なものばかり思い浮かべてしまう。担当は副院長なのだが、助手の若い先生の顔が田中啓文さんに似ているのも不安材料。意識ははっきりしているので「いま眼球をヘラのようなもので動かしてるな」などといちいちわかってしまう。手術は一時間あまりで終了、車椅子に乗せられて病室へ。自分の名前のところに「面会謝絶」と記されているのはなんだか新鮮。
 六時から夕食だが、あらかじめ脅されていた麻酔が切れたあとの痛みなどでまったく食欲なし。よほどナースコールをしようかと思ったが意地でこらえる。寝る前に飲めと言われた薬を早めに飲み、あとは朝までかなり眠る。六時すぎ、約二十時間ぶりに一階の喫煙所へ煙草を吸いにいく。一日70〜80本吸っているマイルドセブン・エクストラライトがむちゃくちゃ重く感じられる。これを機に禁煙できるかと一瞬思ったが、きつかったのは一本目だけだった。その後、滞りなく検査を終え、午前中に眼帯姿で退院。帰宅してみるとミーコが同じ姿勢で(あたりまえだ)けなげにおるすばんしていたので泣きそうになる。次から入院するときは連れていこう。
 というわけで、まだ抜糸まで一週間かかる半病人なので(洗髪不可がつらい)、来週の打ち合わせはご遠慮いただければと存じます。それにしても、ずいぶん寝たのにまだ眠い。明日以降、これで仕事になるのだろうか?


[11月7日]
 とりあえず「白い館の惨劇」のゲラを宅急便で送る。あと一冊は著者用のゲラで見てあるから、長篇より先に仕上げることにしよう。
 ミーコの雑誌デビューとなる「ダ・ヴィンチ」12月号が発売されています。「たまご猫」とミーコの取り合わせは個人的には気に入ってるんですけど。


[11月8日]
 掲示板の騒動の余波で睡眠不足だったが、午後から御茶ノ水の眼科に行く。再手術は免れそうなのでひと安心。薄いサングラスとバッグを買って帰る。明日から執筆を再開する予定。


[11月9日]
 「迷宮 Labyrinth」のゲラを宅急便で送付。ついに部屋からゲラがなくなる。長篇ホラーはいよいよ大詰め、予定通り50人殺せそう。「バトル・ロワイアル」の十分の一くらい売れないかしら。構想段階では存在を知らなかったから、べつに向こうを張ったわけではないのですが。


[11月10日]
 目の腫れは引いてきたもののまだ活字は疲れるから、昨日からマンガばかり読んでいる。引っ越しのたびに本をかなり処分してしまうたちで、前回は癇癪を起こしてコミックをほとんど捨ててしまった。日野日出志とかコレクションしてたのに(泣)。というわけで、ずいぶん久々に続けて読んだような気がする。今月はコミック強調月間にするかな。とりあえずの読了本は下記のとおり。
 楳図かずお『赤んぼう少女』、古賀新一『魔女地獄』、ささやななえこ『生霊』、美内すずえ『人形の家』、手塚治虫ほか『HOLY』、犬木加奈子ほか『HOLYU』(以上、角川ホラー文庫)、山岸涼子『わたしの人形は良い人形』(文春文庫ビジュアル版)、谷間夢路『恐怖 目の怪奇』(ぶんか社)。
 

[11月11日]
 やっとなくなったと思ったら、50枚の短篇のゲラが届く。長篇はいよいよ最終章、今日で400枚をクリア。週末には完結できそうだ。


[11月12日]
 午前中、御茶ノ水の眼科で抜糸。意外に早く済んだ。来週の診察でOKが出ればほぼ完了なのですが、まだ目は赤いです。いずれにせよ、早く違和感が消えてくれればいいんだけど(順調ですからご心配なく)。それにしても、よりによってこんなときに掲示板がぐちゃぐちゃになるとは……。
[11月13日]
 長篇ホラーが完結。来週には渡せそうだ。さる長篇を書き終わった瞬間に腰が抜け三日間動けなくなったという話を吉村昭がエッセイに書いていたけれども、今回もべつに腰は抜けなかったなあ(それなりに手ごたえはあるんだけど)。いつかそういうものを書いてみたいものだ。
 小野不由美『過ぎる十七の春』(講談社X文庫ホワイトハート・563円)を読了。同じ本格ホラーでも「悪夢の棲む家」はYAのお約束どおりキャラが立っていたけれども、この作品は登場人物の年齢を除けば限りなく普通小説に近い(やおいテイストはあり)。文体は平明ながら手抜きも迎合もいっさいなし、一例を挙げれば、花や植物の名前はすべて漢字を使用している。なんにせよ、「YAにホラーはない」という意見に対しては黙って本書を差し出せばいいでしょう。
[11月14日]
 50枚の短篇のゲラを宅急便で送る。これはロングセラーとなりつつある『さむけ』に続く祥伝社文庫のホラー・アンソロジー。「小説NON」の掲載作が主体ですが、私は書き下ろしです(刊行は来月)。
 乙一『夏と花火と私の死体』(集英社ジャンプJブックス・770円)を読了。表題作は北村氏のアンソロジーで読了済みなので「優子」のみ。途中までは完全なホラーのコードなのだが、後半はミステリに変奏される。やや強引すぎるような気もするけど、貴重なセンス。ただ、斜めの感嘆符の多用はどうでしょう。
[11月15日]
 大石圭『処刑列車』(河出書房新社・1800円)を読了。帯の推薦文は「爆走するパニック・ホラー」(茶木則雄)なので違うものをイメージした方もいるでしょうが、広義のホラーとしては実はSF系。前作「死者の体温」同様、まったく本格ホラーではないものの純粋な悪意の描き方と独特の乾いたセンスは秀逸(好みは「死者の体温」ですが)。それにしても、「死者の体温」は「黒い家」、「処刑列車」は「バトル・ロワイアル」と一脈通じているのだから、もう少しパッケージがツボにはまれば注目されると思うのだが。少なくとも推薦者の人選は違うでしょう。